陽を翔るトラクター 農文一体

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  • KADOKAWA (2016年5月24日発売)
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人間であるぞ 愉快ぞ 今日もまたエンジン唸らせ無駄の種子播く
 時田則雄

「農文一体」。帯広市内で、農業と文筆業を半世紀近くも続けている作者。その生を簡潔に表したこの四文字は、この度刊行されたエッセー集の副題である。

 とにかく多忙な日々ということが、行間から伝わってくる。早朝からの農作業、短歌創作と依頼原稿の執筆、大学での講義等々。そんな中、睡眠時間を削りつつ、アイヌの歴史・文化の研究にも余念がないという。アイヌ語地名の多いこの北の地に生を受けたことに、自覚的なのだ。

 代表歌の一つは、高校の国語教科書にも掲載されている次の歌である。

 離農せしおまへの家をくべながら冬越す窓に花咲かせをり

 就農した年は、1967年。当時は「離農」が促進されており、特に十勝地方では、去っていく仲間が少なくなかったという。複雑な胸中のもと、規模を拡大して何とか営農を続けてきたことも書かれている。

 雪を食へばしらゆき姫になるといふわが嘘を聴く耳やはらかし

 この歌は、中学校の国語教材に使われているそうだ。父の語る「嘘」を素直に「聴く」やわらかい耳の持ち主は、娘。子どもたちは、親が語る物語を通して、みずからの想像力を養っていくのだろう。

 掲出歌は、自分自身に言い聞かせた歌なのかもしれない。農でも歌でも「エンジン」の轟音をひびかせ、かつ、自然を敬愛しながら生を営むことの「愉快」さ。播き続けるその「種子」は、決して「無駄」ではないことを反語的に語った歌と思う。
(2016年7月3日掲載)

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2016年7月3日
読了日 : 2016年7月3日
本棚登録日 : 2016年7月3日

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