レビュー by こういちろうさん
かのフロイトの「狼男」症例の人物が87歳から死に至るまでの数年間のインタビューなんだけど、読後感は、「狼男」って、当時の青年貴族の価値観の世界からすればあまりにありふれた神経症者の「筈だった」という思い。
実は驚くほどに「アンチ・センセーショナル(?)」な内容といいますか。
いくら若い頃の記憶が薄れている可能性を指し引いても、少なくとも狼男のかの有名な「夢の内容」はともかく、抑圧されていたという「原光景」体験に関しては本人がフロイトに全然語ってもいないことというのは本当そうであるように感じた。フロイトに出会う以前の彼の幼少期からの様々な強迫的儀式も現実より誇張されてフロイトの症例では書かれているのではないか?
事例研究というものがどれくらい治療者側による勝手な「物語化」の押し付けに容易に成り得るのか、そして、「フロイトの成功事例」という「標本」を「ともかく生きながらえさせる」ことしか周囲の精神分析家が考えていなくて、その後の彼が直面しづづける女性関係の「反復強迫」的な苦悩(まさにここにこそ、彼の「強迫性」の核心は温存されている)に、結局誰も「あと半歩踏み込んで」つきあうことはしないままだったのではないかということ。
ラストの方でオフォルツァーが狼男に語り得た一言(p,266上段)は、やっと本当の「ヒット」だったとは思います。
私は、狼男を故・小比木先生のように「境界例」と言い切るにのにも躊躇を感じる。仮にそう言えたとしても「医原性の」擬似境界例に過ぎないと。本当は相当シンプルな思春期神経症の範囲で納め得た事例ではないかと。
知的だが自死に至った姉へのシスター・コンプレックスと、十代早期の使用人の若い女性たちからの性的誘惑(結局は売春に等しい小遣い稼ぎ?)、そして本人がどういうわけか女性にもてたことと当時の貴族たちの男尊女卑の価値観(女性の立場にたてば彼はたしかに何とも冷たくて優柔不断な男だったことだろう)、実はほとんどこれだけで彼の運命の歯車は空転していたのだとも思う。
登録日 : 2010年02月11日 19:05:16


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