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・日本の保険会社は、会社とサービス利用者の情報の非対称性をもっと解消させて欲しい(手数料の開示など)。自動車保険はその点では多少は進んでいるようだけど、生命保険はまだまだとのこと。その辺りをもっと進めて、究極的には喫煙者/非喫煙者など、リスク細分別に保険料を分けるということを日本でも普及させてほしい(保険は統計に基づいているのだからできないはずがない)。
・でもそうするには多くの保険会社は現在の(多くの営業部隊を抱え込むという)雇用構造そのものを抜本的に見直す必要も出てくるため、現実的に日本の生命保険会社がすぐに欧米的なそれになるとも思えない(対面販売の意義も確かに分かるけれど、それによって保険料があまりに割高になっている現状はやはりおかしいと思う)。
・そういう現状の中、一人の(潜在的)利用者の立場として大切になるのは、やはり金融リテラシーを身に付けることだと思う。ここで言う金融リテラシーとは、もちろん金融に関する基礎的な知識を身に付けるということでもあるけど(僕はそれすらできていないけど)、何より知識が十分でない中でもなるべく誤った判断を下さないような嗅覚を身に付けるということ。利用者がどれだけ頑張って知識を身に付けても、当の金融会社との情報、知識の非対称性はとうてい解消できるものではない。
・またサービスを選択する時は、筆者も言うように、できる限りシンプルなものを選ぶに限ると思う。これも両者の情報の非対称性をできる限り解消するうえで大切。
・最後まで読んで、インターネットの生命保険会社も有力な選択肢の一つになり得るなという、筆者の思惑通りの考えに至りました。
・最後に、生命保険は「死亡・医療・貯金」の三つに分けて考えるということ、また日本の医療保険は世界的に見ても非常に充実しており、そういう意味で民間の医療保険はあくまで公的な保険を補完するものに過ぎないということを確認。勉強になりました。
2012年05月07日
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家計
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読み終わった
(2012年05月07日)
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著者自身の経験を通して感じた、(特に仕事における)米国人、中国人、日本人の違いについて述べている。ものすごく単純化して言えば、それぞれ「基準を生み出し使う人」「圏子(機能ではなく、関係本位の仲間)をつくり使う人」「場を生み出し染まる人」というのがその原理となると言っているが、まあ言われてみればそうだろうなという率直な感想で、特に深い洞察があるとかそういうものではなかった。エピソードが中心で、新書の中でもさらに読み易い部類に入るので、電車などでさらりと読む分には良いかもしれない(僕は電車で読みました)。
2012年04月29日
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経営/経済
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読み終わった
(2012年04月29日)
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村上春樹の作品は、困難な?事態に遭遇しても、手探りながら主人公なりに消化して物語が進行する作品が多い印象があるけれど、本作に関しては終始進展という進展がなかったような印象を受けた。不倫の話のせいか、物語全体が曇り空に覆われているようで、それでいて何だかふわふわしている。小説についてどうこう言うものでもない気がするけれど、少なくとも主人公に対してはあまり共感できなかったです(一度でいいから僕も箱根に自分の別荘を買えるような人生を過ごしてみたいですね)。
2012年04月09日
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小説/物語
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読み終わった
(2012年04月22日)
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東日本大震災とそれに伴う原発問題を経て、科学と人間(社会)が今後改めてどのように向き合っていくべきかを考えた本書。読み進めていくと、何とか主義 (例えば懐古主義)とか、何とか論(例えば生物機械論)とか何とかかんとか(例えばポストモダニズム、サイエンス・ウォーズ)といった専門用語が少し度を越して見受けられるため、またそうしたものに対して十分とも言える説明がないと感じる部分も多々あるため、文章に少し浮ついた印象を受ける。
全編を通して一貫しているのは、「科学と社会はお互いもっとしっかりと向き合って対話をしていかなければならない」という論調である。そのあたりの対話が欠けているからこそのあの原発事故であり、そういう意味では、原発事故に関して、第一義的には政府、電力会社、科学者の無責任体質に問題があるとしつつも、私たちにおいても「自らもある種の加害者であったという意識を抱きつつ、関係者の責任を追及しなければならないのだ(P148)」と述べている。
また科学者に対しては、より厳しい姿勢を求めている。科学者は誰も求めていない真理を純粋に探究する存在でありながら、そのための研究資金を獲得するためにスポンサーの意向に沿わなければならない苦悩の存在であるが、その苦悩の中でも自律的存在でなければならない。少なくとも、自律的存在であるように努力しなければならない。資金の主たるスポンサーである政府や産業にただ身を任せるような存在であってはならないし、その科学的成果についても、社会においてどのような影響を持つのか、その説明責任を持たなければならない。
僕自身、筆者の言っていることはもっともだと思うし、またそうありたいとも思うが、それにしても日本において科学と社会の本当の意味での対話が可能なのだろうか?と単純に思ってしまった。というのも、筆者も言うように、日本におけるいわゆる“科学”という概念は富国強兵のために明治期に導入されたものであり、哲学的と言うよりはむしろ技術的なイメージとの結びつきが強いからである。そもそもの存在基盤が西洋と異なる中で、日本社会が今後時間をかけながらでも、どのように“科学”を人々の思想や生活の中に落とし込んでいけるかが今後の鍵になるのではないかと思った。(何だか取ってつけたような感想になってしまうほど、何を言っていいのかが難しい本でした。”科学的思考”については自分なりのイメージがあるが、”思想や文化としての科学”と言われるとたちまちよく分からない・・・困ったものである。)
2012年03月18日
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科学
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読み終わった
(2012年03月18日)
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僕が生まれた頃に書かれたものだから、かれこれ25年以上前のエッセイになる。この当時から高度成長期(著者の青年期)との対比で「今」を語るエピソードがちらほらあり、そういうのを見ると、なんだか25年前も今も世の中変わってないなーという印象を受ける。さらに著者の(めったに書かない)昔の日記によれば、その高度成長期ですら案外「みんな馬鹿なことを考えながらたらたらと生きてきた」というのだから、日本は昔からあんまり変わっていないのかもしれないね(もちろん皆がたらたらと生きていたとは言わないけれど)。野球観戦の楽しさも当時から健在のようだ。会社帰りに神宮でちょびちょびビールを飲みながらナイターを観戦するサラリーマンに憧れる。
2012年02月12日
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エッセイ
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読み終わった
(2012年02月12日)
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古代オリエント?を舞台にした話。まだ3巻までしか読んでないけど、すごく面白い。世界史にあまり興味が持てなかった自分がそう感じるくらいだから、やはり作者の力量がすごいのだと思う。どこかで誰かが書いていたけれど、この作者の画は良い意味で時代性を感じさせない。テーマも「寄生獣」の頃からどちらかと言うと普遍性を感じるし、浮ついたところがない。野球で例えると全盛期の斎藤雅樹並みに安定感がある。早く続きが読みたい。
2012年02月07日
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漫画
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読み終わった
(2012年02月07日)
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連載中も誌面で読んでたけど、つい最近友達とたまたま話題になったので思い切って全巻読み直してみた。相変わらず囲碁のルールはあまりよくわからないけれど、主人公ヒカルの成長過程が読んでいて面白かった。佐為がいなくなってからヒカルが立ち直るまであたりがこの漫画のピークかな?弟子は師匠を目指し、師匠は究極の一手を目指す。この目指すべきベクトルが師匠の段階で止まらないのが良い。全ては過去と目指すべき未来をつなげる存在なのだ。
2012年01月30日
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漫画
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読み終わった
(2012年01月31日)
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大学の時以来、再読。ミュウのドッペルゲンガーのエピソードばかり記憶に残る作品だったけれど、今こうして読み直すと、あちら側とこちら側の世界、またその関係性というのが一つ大きな軸になっている作品だと思った(まあこれは本作に限らず、著者の多くの長編小説について言えることか。羊男とか)。主人公(ぼく)の、手さぐりながら不思議な?出来事(世界)と丁寧に折り合いをつけていく過程が相変わらず心地良いし、すみれの世界に対する認識の仕方がとても素敵だとも思った(特に文書1,P197~あたり)。
2012年01月30日
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小説/物語
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読み終わった
(2012年01月30日)
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リーマンショックの前から米国主導の金融資本主義の問題を見抜き、その脆弱性について警鐘を鳴らし続けてきた著者による「新しい資本主義=公益資本主義」の考え方を紹介した内容となっている。しかし実際に特にその点に言及している章はわずか30ページにも満たず、全編を通してみると、どちらかと言えば著者がこれまで取り組んできたこと、これから取組んでいきたいこと、また日本は今後産業をどういう方向性に持っていくべきかということについて切々と語っている印象が強い。その息遣いは非常に読者に近く、著者の信念のようなものを感じさせ、また内容もその多くが共感できるものであった。
しかし僕の興味を引いたのは、内容そのものと言うよりも、なぜ原丈人という独特の思想、バランス感覚を兼ね備えた人物が生まれ得たのかということだ。原は法学部を卒業し、アメリカで考古学の研究を経た後、スタンフォード大学工学部大学院を修了。光ファイバー事業を起業後、これまでベンチャーキャピタリストとして活躍してきた。金融、投資的な視点と技術、製造的な視点をここまで高度なレヴェルでバランス良く兼ね備えた存在はかなり稀有ではないか。
原について「①好奇心」「②進取」「③公共心」の三つのキーワードで考えてみたい。①元々原は文系であったようだが、そのような区分に囚われることなく、自らの好奇心に従って、考古学からITまで横断的に幅広く関わってきた。②また普通であれば生活の安定を求めて躊躇してもおかしくない数々の局面で、臆することなく進取の精神を発揮してきた。③そして特に注目したいのは、自らの経験を日本のために役立てたいという強い公共心を持っていた点である。これは長い間米国という異国の地で活動してきたからこそ持ち得たのかもしれない。そこで第一線で戦ってきたからこそ、対岸の日本をそのまま日本というスケールで捉えることができ、そしてその良さというものを客観的に捉え、世界にアピールしたいと感じるに至ったのだろう。
やはり個人的にも、大雑把に言わせてもらえば、西洋と東洋とでは“世界”の捉え方が異なる部分が多いのではないかと感じる。その認識を出発点とし、ただ西洋のものさしに合わせるだけでなく、どうしたらより良い社会になるか、そのために会社という組織が何をできるのかということを地道に考えていく必要があると感じた。また一方で、どうしたら原のような、高度なレヴェルで、異分野をまたがったり、結びつけたり、壊したりする、良い意味での“トリックスター”的な面白い存在になれるのか、その点も非常に興味深いと感じた。組織的に排出することができるのか、それとも組織に縛られないからこそ生まれ得る存在なのか?(2010年読了)
2012年01月17日
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社会
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読み終わった
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本書は大学の講義用のテキストとして執筆されたということで、労働問題(及び労働法)の大部分について網羅的に言及されている。なのでそういう意味では非常に教科書的ではあるが、ただ著者がその方面に対して(実務経験も含めて?)非常に強固なバックグラウンドを有しているせいか、この手の本には珍しく読者をぐいぐい引っ張って読ませる本だ。
本書を読んだ多くの読者に強烈に印象を残しただろう主張は、とにかく日本における労働契約の本質は(特に規模の大きい企業になるほど)メンバーシップ型のそれであるというものである。メンバーシップ型の一つの特徴として、労働契約は(欧米とは異なり)職務の定めのないものであるというのが挙げられる。つまり大雑把に言えば「仕事がなくなってもそう簡単にクビにはしないから、定年までしっかり会社が面倒見るつもりだから、仕事の内容とかそういうものについては基本的には会社の言うことに従ってね」というものだ。僕はこれはわりかし普通のことだと思っていたのだが、これはどうも日本の労働における大きな特徴の一つであるらしい(このメンバーシップという概念は、日本社会の特徴をとらえた言葉として出てくることのある「村社会」「均質」「平等」なんかとも非常に共通点の多い概念であると思う。とにかく「みんな仲良くやろーぜ!」である。僕も嫌いではない)。著者はこのメンバーシップという用語を一つの軸として様々な事象、法解釈なども説明しているため、こちらとしても非常に理解がしやすかった。
また元々欧米(独?)に倣って作られたジョブ型の雇用契約の原則が、(司法が)信義則や種々の法理といった法の一般原則を駆使することで、メンバーシップ型雇用契約の原則に軌道修正されて行く過程(「司法による事実上の立法」)は、純粋に読み物としても面白い。
知識や経験が足らず、まだ理解の追いつかない箇所がいくつもあるが、それも踏まえて何度も読み返すだけの価値がある本なのは間違いないと感じた。
2012年01月09日
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人事(HR)
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読み終わった
(2012年01月18日)
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