レビュー by ほろほろさん
最近『スプートニクの恋人』を読んだ。ぐいぐい惹き込んでいくような面白さがあったので、英語版も買おうかなと(英語の勉強になるし)、昨日新橋の文教堂で迷ったんだけど、あまりの値段の高さ(1920円)に断念した。
それはさておき、こういう文学批評っていったいどこにその価値があるのだろうか。橋本治が「批評とマーケティング」で言っていたように、批評が社会をリードするのは(批評に意味があるのは)、”社会はいつでも未完成で、しかし、その社会にすむ人間は、いたって簡単に「未完成である」ということを忘れてしまうから”というのが一つの理由として考えられる。
また人間は一人一人その価値観、世界観が違うから、その「ずれ」を埋め合わせるため、あるいは議論を活発化させるために批評は存在している、とも言えるかもしれない。
しかし殊文学に至っては、それがうまく当てはまらない。
文学とかそういうものはとても「個人的」なものであり(あるいは「単なる娯楽のようなもの」)、そこに批評が介在することで、作品そのものが昇華されるとは思えないからである(じゃあこのレビューは何なの、とか言わないでね)。
その作品をどう捉えるかは、あくまで読者側が行うことだ。
であるからして、文学批評(文芸評論)というのは、その批評家が提示する批評内容に読む側が同意できるか否か、ただそれだけのことである(と思う)。
(だから文学批評って必要ないと言われれば、ないとも言える気がするし)
僕は小説はあまり読まないけど、村上春樹は好きだし、また内田樹の(村上春樹に対する)捉え方もよくよく同意できる。
ただそれだけのことで、文学とかそういうものは本当に個人的な営みなんだな、と思う。厳密な意味で、それは他の人と共有できるとはあまり思えない。
(2007年11月10日)
レビュー登録日 : 2010年06月12日
引用
- 登録されていません。






コメント
まだコメントはありません。