それから (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (1985年9月15日発売)
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あなたが学生の頃に、大好きだった兄と、東京で同居していたとします。
兄の友人の長井と言う男が居て、仲良く三人で遊んだりします。
あなたはこの長井に惚れてしまいます。でも秘めています。
秘めているんだけど、内実、この長井も自分のことが好きだろう、と感じています。
兄もそんなことを薄々気づいている様子です。

そしてもう一人、ここに平岡という男が居て、これも兄の友人。長井の友人でもあります。詰まり、三人組です。
この平岡も、どうも自分の事が好きなようだ、と感じます。モテ期ですね。
でも、あなたは、長井の方が全然好きなんです。

あなたは、将来、長井と結婚することになるのでは、と期待をしていました。

ところが。

まず、兄が早世、若死してしまうんです。
実は親元もちょっと困窮しています。たちまち、あなたは大東京で寄る辺ない立場になってしまいました。
そこに、期待の長井さんがやってきて。
言うことには。
「平岡と結婚したら良いのではないでしょうか。是非そうしなさい」

それでまあ、とにかく結果として、平岡と結婚します。
平岡は銀行員になる。そして関西の支店に行く。当然あなたも行きます。長井さんは東京に残ります。
長井さんは、大金持ちの次男坊です。文化芸術にいそしむだけで、働きません。働かずに親から毎月、莫大な仕送りを貰っています。優雅に趣味良く暮らしています。何せ親と兄が経営者です。ぶらぶらしてても、働く気になれば、学歴も教養も人間性も申し分ないので、いつでも重役クラスで働けます。人も羨む立場です。

数年が経ちます。
新米銀行員である平岡と、優雅な高等遊民である長井さん。ふたりは親友だったんですけど、大阪と東京に離れ、暮らしぶりはもっと離れ、徐々に疎遠になってきます。

あなたと平岡との間には赤ちゃんが産まれます。
が、不幸にしてあっという間に病死してしまいます。
その頃から、あなたはちょっと体調が悪くなります。
医者に行くと心臓とかナントカと言われて、どうにも長生き出来ないのかな、と感じます。
そして、もう子供は産めないだろう、ということです。

その頃から、夫の平岡が不実になってきます。
帰宅が遅くなります。
もともと、長井さんに比べれば俗物なんですが、酒や女で金使いが荒くなります。
夫婦でなごやかに、笑いながら心休まる時間。と、いうのが無くなります。
悪いことは重なるものか、上司の不祥事に巻き込まれ、銀行を退職することになります。

あれから数年。
呑気な学生だったあなたは。
結婚して、知らぬ街に引越して、主婦になって、子を産んで、子に死なれ、健康を損ないました。
それから、夫と気まずくなり、小銭に不自由するようになりました。でもそれはみっともないし、誰にも言えません。

そして、東京に帰ってきました。
長井さんは大喜びで迎えてくれます。
引っ越しのこととか、何くれと面倒見てくれます。心配してくれます。仕事してないし、お金あるし、暇ですから。
夫の平岡と、旧交を温めます。
でも、あなたが傍から見ていると。どこか、若い頃のように仲良くは無いんですね。仲良くしようとしてるんですけど。仕方ないですよね。

あなたは、夫の平岡と、小狭な家に住み始めます。
夫はあくせくと就職活動中です。上手くいかないのか、ちょっと荒れたりします。
なんだかんだ、細かい借金が返せないまま、ストレスになってきます。
あなたも体調がどうもすっきりしません。
長井さんは、夫の平岡を心配してくれるけど、平岡はどうも長井さんに素直にならない。強がります。仕方ないですよね。
家にいるしかないあなたは、夫の借金の対応に晒されます。困ります。でも平岡はあくせく出歩いて取り合ってくれません。みじめです。
あなたはどうしようもなくなって、恥を忍んで、長井さんにお願いします。長井さんは二つ返事で、ぽんっ、と貸してくれます。

そして。

長井さんとふたりでいると、どうにもなんだか、やっぱりそういう空気感がただよいます。そんな気がします。
あれから随分と経つのに、長井さんはまだ独身なんです。
会社員としてすり減って、俗物度が増している夫と比べると。長井さんは、あのころのまま。シュッしてます。誠実です。

日々が過ぎます。
夫の平岡は、何とか就職します。
就職するとまた忙しくして、午前様が続きます。
あなたは体調がいまひとつです。
寝込むほどではありませんが。おおかたは独りで家にいます。

長井さんとは時々会います。
夫に会いに来て会うこともあれば、ふたりきりで会うこともあります。
ふたりきりで会うと、なんだかそういう空気感が濃くなります。
そんな気がします。でも何も起こりません。
長井さんには縁談が起こります。当然、政略結婚です。親が義理ある相手です。断れません。
断るなら、実家から仕送りが貰えなくなります。

そんな具合に。くるくると日々が回って。
長井さんが縁談、受けるか蹴るか。煮詰まってきます。
煮詰まってきて、ある日、あなたに向かってこういいます。

「昔から、昔から愛していたんです。
若かったから、平岡との友情を優先する、という愚行をしました。
ごめんなさい。
今でも愛しているんです。
僕の存在にはあなたが必要です。
平岡はあなたを愛していますか?
あなたは平岡を愛していますか?」

さあ、どうする。

さあ、どうなる。

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まあ、つまり、こういうお話なんですね。夏目漱石「それから」。
いやあ、すごいですねえ。
民放のよろめきテレビドラマみたいですよねえ。たまりません。

この小説が、実に面白いです。心理劇です。僕は大好きです。
風景の描写とか、長井の考える観念論とか文明論とか、色んなことがあります。けれども、取っ払って考えると、上に要約したような、お話です。

僕は夏目漱石さんの文章というか言葉使いというか、リズムというか、そういうのが大好きです。
随分と以前に、長編小説は全部読みました。今回、ふっと読みたくなって再読。
うーん。おもしれえ。至福でした。

(実は電子書籍で無料で読みました。「それから」だけ、何故か旧仮名遣い版も電子書籍になってるんですよね。ありがたいことです。
でも、本の見てくれとしては、新潮文庫の安野光雅さんの絵が好きです)


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特段のブンガク愛好者だったりしない限り、夏目漱石さんの小説は、いきなり読んでも、おもしろくないと思います。
ヘンな言い方ですけど、ワサビとかウニとか山羊汁とか生牡蠣みたいなものです。
初めて食べてみて、いきなり口にして、美味しいなんて感じないと思います。
それでもって、一部の食通気取りの人がありがたがって食べる訳ですね。
(皆さんどうですか?意外に、太宰治とか好きな人が居ても、夏目漱石って読まれてないと思うんですよね)

夏目漱石さんの小説、まあいわゆる中編・長編小説っていうのが、15作くらいあるんですけれど。
正直、読みやすくって、ちゃんと展開がドラマチックで、面白い小説って、そんなにいっぱいありません(笑)。断言します。
いやそりゃ、山羊汁大好きっていう食通さんなら別でしょうけど(笑)。

もしも、「夏目漱石って意外とちゃんと読んだことないから、読んでみてもいいなあ」と思う人がいたら。
ゼッタイに、まず読んではいけないのは「吾輩は猫である」です。
アレは読むなら第1章だけで良いんです。残りは、漱石を全部読んじゃって、禁断症状になったら読めば良いと思います。面白くないですから、あれ。

オススメは、まず「坊ちゃん」。その次に「それから」だと思うんですよねえ。絶対。
(それから「こころ」「行人」あたりですかね…)

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あと、「それから」は、長い歳月で多少映像化されていますが、なんといっても1985年の映画「それから」。コレ、傑作です。
松田優作さん、小林薫さん、藤谷美和子さん、草笛光子さん、中村嘉葎雄さん、笠智衆さん。監督が森田芳光さん。
美術的にも映像的にも、これは本当に素敵です。
この映画を見てから原作を読むと、読みにくい部分がスッと読めると思います。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 電子書籍
感想投稿日 : 2015年6月10日
読了日 : 2015年6月9日
本棚登録日 : 2015年6月10日

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