ポースケ

著者 :
  • 中央公論新社 (2013年12月9日発売)
3.90
  • (63)
  • (104)
  • (58)
  • (8)
  • (4)
本棚登録 : 655
感想 : 110
4

津村記久子さんの最新小説。
本屋さんで偶然見つけて、その場で買いました。
大阪出身で大阪在住の同年代の小説家さんで、
きっかけは友人に勧められて、5年くらい前に「ミュージック・ブレス・ユー」を読んだことから始まるんですが、
なんとなく常に最新刊を読むようになって3年くらい経ちます。
文章も世界観も嫌いじゃないので、そういう人を常に進行形で追っかけることができるのは、これはこれはで読書の愉しみですね。

で、「ポースケ」です。
一年前か二年前に、サラリーマン小説家であることを辞められたそうで。
どことなく装丁(ORANGE100%さんですね。素敵ですね)を見た感じからも、
タイトルからも、「あ、なんとなく肯定的な方向、前向きな方向に向いてきたんじゃないかな」と感じたんです。
悪くない意味で、そうでした。

「ポトスライムの舟」の続編というか姉妹編というか、という言葉でも言えるんですが、
読んでなくても全く大丈夫だと思います。

奈良の、恐らく近鉄沿線沿いの、駅前商店街のどこかに、「ハタナカ」という喫茶店があります。
喫茶店というか、21世紀的にはカフェ、というのかも知れませんが。
どうやらそんなに狭くなくて、ご飯も食べられるようなお店です。
そこのカフェの店主、従業員、常連客たちの、連作的人生模様短編小説集、というのがいちばんざっくりした言い方ですね。
年代的には小学生から、50代くらいまで。共通点は唯一、女性っていうことですね。
それぞれに、元カレがちょっとストーカーぽかったり、子供が就活で苦しんで家の中が暗かったり。
学校の先生が嫌だったり母子家庭だったり、パワハラで前の会社を辞めて後遺症的な心身症的な病気があったり、
子供が欲しいけどできない夫婦でもうアラフォーだったり、肌が弱くて職場の女性先輩がどうにも仲良くなれなかったり。
色々ありますが、津村記久子さんの小説世界なんで、
別に犯罪とか国際的陰謀とかは起こらないし、
派手に一流企業で戦士のように働いている人も出てこないし、
アンニュイな美男と美女が抽象的な哀しみに浸ったりブンガク的にHをしたりすることもありません。

ひたすらに具体的で瑣末な現実的な事柄が見えたり語られたりして。
みんなが大抵それほど立派でもなくて。
なんだけどほとんどみんなが妙にサブカルチャーと呼ばれる、「テレビのバラエティのように超メジャーな位置づけになっていない、軽めの文化風俗的事象」
について詳しかったり、楽しんだりしている、という、共通項があったりするけれど。まあそこは看過するとして。

(欧州サッカーとか、外国語とか、フィギュアスケート、海外ドラマ。
脱線しますが、津村さんの中に基本的に海外嗜好があるんですね。妄想としての海外の世界。フィクションとしての海外性というか。
それがあるから、ローカルに留まって作品を書けるのか。どっちが卵で鶏か、わかりませんけど。
これがまた、年輪が一周して、津村さんが日本古典文学とか仏像とか自社とか歌舞伎とかを、
本当に好きになったらどういう小説になっていくのか、それはそれでワクワクします)

特段ドラマチックなことはなくて、起こるとすれば悪いものごとだったりする予感に満ちている。
そして、世界は男性的な暴力と、思いやりのなさと、強い者による累進的独占と、救いのなさと断絶と孤独に満ちているんですね。
そして、それをウェットに謳うこともなく、淡々とむしろ時折ユーモラス。
そこら辺の、知的であるというか思考的であることの肯定と、
その引換にヤンキー的な盲目的肉体的な享楽や他人との一体感みたいなものと、絶対に相容れない冷温さ。
でも他者を見下さない謙虚さと、合理的であるがゆえの諧謔味。そのへんが、多分僕は好みなんですね。

なんですが。

旧作と比べると、まあ、ざっくり明るい予感、再生と調和と協調の夜明け感が多いです。
ほっとするっていうか。

前作の「今からお祈りに行きます」の二篇も若干そうだったんですけどね。

この「ポースケ」については、僕はうまいバランスになっていると思います。
考えようによっては、これは今までの津村さんの中で最高傑作とも言えるし、
いちばん「売れそうな作品」とも言えるし。いちばん、初心者かつあまり本を読まない人に勧めやすい小説でもあります。
この方向性が更に進んでいくとどうなのか。
もっと大きな物語を語れるスケールと頼もしさの作家さんになるのか。
それとも、もはや、
「以前の若かった自分の感受性を再生産して色付けするだけの、
 保守的なエッセイ風物語作家」
になるのか。
これは結局読み手次第なのでむつかしいですよね。
当てはまらない極端な例ですが、
「貧乏で世間に笑われ差別され虐められて不幸にのたうちまわっている小説家」
が、それが故に素晴らしい作品を書けて、認められた時に。
「裕福で文化人になって、むしろ、奪われたり落ちることを心配するだけになったときに、どうなんだ」
という話なんですよね。

それも大きく含めて、またまた今後の新作が楽しみです。

そして、奈良と言っても大阪都市圏が近い奈良のあたり、
という場所柄の空気感というか好ましい感じというか、
それはそれで無論、リアリズムというよりも、津村さんなりのファンタジー世界としての、ということなんですが、
よく感じられました。やっぱり、地理的に分かる現代小説っていうのは、また違う愉しみもあって良いですね。
コレばっかりは、そりゃ行ったことない人には分かる訳が無いですものね。
まあ、本質的なことじゃないんだけど、でも結構、なんていうか・・・楽しいことですよね。
やっぱり、「あの小説の舞台になった場所かあ」っていうのは、知らぬ土地を訪れるときのワクワクの一つにはなりますものね。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 本:お楽しみ
感想投稿日 : 2014年1月19日
読了日 : 2014年1月19日
本棚登録日 : 2014年1月19日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする