台所太平記 (中公文庫 A 1-7)

著者 :
  • 中央公論新社 (1974年4月10日発売)
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本棚登録 : 249
感想 : 29
5

 文豪・谷崎潤一郎さんが、大正・戦前・戦後と、雇い続けた大勢の女中さん。その女中さんについての想い出を、そこはかとなく書き綴ったような本です。
エッセイ風の小説で、実に他愛もない、取り留めもないお話を、軽く淡々と綴っているようで。
どうしてどうして、仕組まれた小説になっているなあ、と思いました。
読み易い軽い文体で、滑稽だったり不器用だったり、お下品だったり、ちょっとスキャンダラスだったりするような。
週刊誌の記事を読んでいる気分なんですが、時代の移ろいやら、一人一人が、歳を取っていく感慨みたいなものが巧みに織り込まれていきます。
太平記、と銘打っていますが、ある意味、源氏物語の趣。と、言うと大げさかもですが、軽いけど、軽いだけでも終わらない。大人の小説ですね。
実に名人芸、大好きな本でした。パチパチ。
ここのところ、やっぱり谷崎潤一郎は面白い、と感心することしきりなんですが。

(でもこういうのは、読み手によっては、
「内容は?テーマは?メッセージは?社会性は?
 年寄りの金持ちが想い出書いただけじゃん」
という批判的な意見も、十分あるんだろうなあ、とは思いますが)

1962年、谷崎潤一郎さん76歳のときに出版された小説です。
いちおう、あらすじの備忘録を、というのも野暮な話…という、軽い本なんですが。
うろ覚えしていることだけメモっておきますと。

何年の事だか判りませんが、谷崎さんが阪神間で再婚して一家を構えたときに、女中を雇おうということに。
しかし、一応この本は、小説の形をとっていますので、谷崎、ではなく、架空の名前の文士ということになります。
(まあでも、全然隠すつもりないみたいで、全て谷崎さんのことだなあ、と読んでいくと判るんですが)

コネがありまして、鹿児島県から女中さんが来る。
この女中さんが、美人ぢゃないけど良き女中さんにて、この後、立て続けに、その鹿児島県の地域から陸続と女中たちがやってくる。
純朴な田舎者の女中さんの中には、美人もいれば不美人も居て、頭が良い女性もいれば、どうにも間が抜けている人もいる。
鹿児島出身だけではなく、京阪神からも色んな伝手で女中がやってきては、1年居たり、数年居たり、十数年いたりする。
谷崎さんは、途中から熱海にも別荘を持ちます。
熱海にも京阪神にも家があって女中さんがいる。女中さんがいっぱいいます。

てんかんもちの女中さんがいる。
可愛くて、谷崎さんのお気に入りの女中さんがいる。
悲惨な境遇の女中さんがいる。
親のいない女中さん、夫が死んだ女中さん。
女性同性愛、レズだった女中さんがいる。
怪我しちゃう女中さん、恋愛する女中さん、恋愛しない女中さん、失恋する女中さん、結婚する女中さん。
谷崎さんの奥さんや娘さんと仲良くなる女中さんもいる。
谷崎家を辞めて、大女優の高峰秀子さんのおつきになった女中さんもいる。
結婚して辞めて、子供と遊びに来る女中さんがいる。
火事に見舞われた女中さん。戦時をまたいだ女中さん。竹槍訓練を受ける女中さん。

いずれにしても、そんなに高度な教養と自意識を持っている、四大卒です、という女中さんはいません。
それぞれに純朴だったり子どもだったり意地になったり、泣いたりわめいたり。
それぞれに、にんげんらしい感情豊かな女中さんたちを、愛情在りつつも、持ち上げもせず、貶しもせず。
そんな女中さんたちに、ある種、振り回されちゃう谷崎さんも、三人称で軽いタッチで描きつつ。

あくまで女中さんたちを語りながら、
その当時の市民生活が見えてきて、その変化が見えてきて、都市と農村の格差も見えてきて。
そして戦争に向かう時代、戦争の時代、焼け跡の時代、復興の時代。
そういう中で移り変わっていく文化や習慣が炙りあがってきます。

やはり、初代の鹿児島から来た、どうも美人ではないけど逞しい女中さんのお話。
それから、谷崎さんが割と偏愛した可愛い美人女中さんの成り行き、谷崎さんの父親的な(祖父的な?)偏愛ぶりの可愛らしさ。
熱海を舞台にしたタクシー運転手さんとの三角関係的な恋愛。
そして、いろいろあって辞めていった女中さんたちがの、幸福だったり不幸だったりするその後。
そんなことが印象に残っていますね。

「だからいったい、なんなのよ」と言えばそれまでよ、みたいな、他愛もないエピソードを紡ぎながら、
数十年に渡り、台所を中心に女中さんたちが繰り広げる、壮大で気軽な、でも時折しんみりもする太平記。

太平記、と銘打つからには、やはり「時の流れ」「時代」みたいな感覚があるんだと思いました。
冒頭が、「最近は女中さん、と、さんを付けるけれど、それではどうも調子が出ないので」と書き出したりしています。
それから、文体が戦略的に俯瞰なところが、うまいなー、と思いました。
文章の語り手は、正体不明な人物な感じなんです。そして、谷崎さんのことも三人称で、心理まで淡々と描きながら進めていきます。
なんだけど、いわゆる記録文体三人称とも違って、「語り部口調」なんですね。
そして、自在に読み手に語りかけながら、エピソードの順番を説明したり、解説しながら進むわけです。
これ、ある種、谷崎さんがライフワークにして三度に渡って翻訳を出版した、「源氏物語」の文体なんだなーっ、と思いました。

歴代の女中さんを軸にした、「女中版・大正昭和版・源氏物語」(笑)。
そんな笑える大上段な構えを楽しませてくれながら、最後は老いた主人=谷崎が、夢の浮橋的な?もののあはれを軽いタッチで触れて終わる訳です。
ある種、小津安二郎さん晩期のカラー映画を観ているような愉しみ。

近年では映画「小さなおうち」で、黒木華さんが女中さんを演じていましたが、まあ、ああいうビジュアルを考えれば良いんだと思います。
ころころと日本語を転がしながら、気軽に読み終われる短さ。こういうのも書けちゃうから、谷崎さんすごいなあ。
でも、十分他の谷崎作品と通底音は揃っていると思います。
ナルホド、これだけ色んな女中さんと接して、観察してたから、ああいうのも書けたんだなあ、とかにやにやしちゃいました。

豊田四郎監督の映画も、観てみたい、と思います。
70年代、80年代にテレビドラマにもなったそうですね。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 本:お楽しみ
感想投稿日 : 2014年7月28日
読了日 : 2014年7月28日
本棚登録日 : 2014年7月28日

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