「ハーメルンの笛吹き男」阿部謹也さん。ちくま文庫。もともとは1974年の本です。
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「世界史の本としては実にオモシロイおすすすの一冊」とほうぼうで褒められていて。いつかは読んでみたいな、と思っていました。
「ハーメルンの笛吹き男」というのは、グリム(だったか?)童話で有名ですが、実はグリムの創作ではなくて、ハーメルンに伝わる伝説。
どうやら、実際にあった事件なのでは?というか、実際にあった事件をネタに作られた伝説では?
と、いうミステリーを追う趣向です。面白い。
「子供たちは、戦争で死んだ若者たちの事だ」
「別の地方に植民に行った人たちだ」
「人買いだ」
など、いろいろな説、これまでの研究を紐解きながらも、「どれも違う」と阿部さんは言います。
もちろん、どうしてそう思うか、という論証も。
(ちなみに、傑作漫画「MASTERキートン」でも、ハーメルンの笛吹き男はジプシーと絡めて論証されていました)
さまざまな論を検討しながら、この本の白眉は、阿部さんが「中世ドイツ、中世ヨーロッパの実相」を見せてくれることです。
物凄く大まかに言うと、「歴史の授業で学ぶだけぢゃ判らないと思うけれど、実はものすごく哀しい差別社会だった。多くの人が、子供が、人権なんかなかった」みたいな状況です。
ちゃんとした史料を紐解きながら、宗教や財産、市民権などから見放された多くの貧民の日常、そこでの子供たちの唖然とするような愉しみ少ない暮らしを、丁寧に見せてくれます。そして、笛吹き男、つまり楽師や旅芸人というのも、被差別の人たちでした。
そしてそういう差別と同時に、教会にせよ行政にせよ、歴史の教科書のゴシック文字だけでは分からない様な、腐敗や問題を抱えていたことも。
それはものすごく、謎解きの旅であり、わくわくするものがありました。
そして、この本が凄いなあ、と思うのは、
「で、ハーメルンの笛吹き男は、実際のところ、どういう史実事件に基づいていると思われるか」という、味噌の部分。
推理小説で言えば、真犯人の指名。
それが、無いんです(笑)。
「まあ、実際のところはまだわからないけれどね」で、終わってしまう。
なんだけど、それで本としては正しんだなあ、という満足感。だって、判らないものは判らないわけですからねえ。
無理に派手な仮説に固執するよりは、「なんだろうね」と探っていくなかで見えてくる世界観みたいなものが、オモシロイ。
そういう教科書の太文字だけではない歴史の実際を知ることは「僕たちはそこから来たんだ」という発見であり、回りまわってニンゲンがどうありえて、どこに向かう方が愉しそうか、ということも示唆してくれます。
「世界史読書案内」でも推奨されていた一冊なんですが、まさに、日本語オリジナルの世界史読み物の、傑作でした。
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実は、阿部謹也さんは、昔、とある大学の学長をされていたことがあって。
良く考えたら、僕がその時期にそこの大学生だったんです。
入学式も卒業式も出なかった無精者なので、恐らく会ったことが無いんだろうなあ、と思いながら、そんなちょっとしたご縁も感じて手に取った本でした。それに、ちくま文庫だし。
ちくま文庫、好きなんです。
- 感想投稿日 : 2017年8月10日
- 読了日 : 2017年8月5日
- 本棚登録日 : 2017年8月5日
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