田舎教師 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (1952年8月19日発売)
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本棚登録 : 529
感想 : 53
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 自然主義文学の旗手として歴史にも名高い、文豪田山花袋の代表作。『温泉めぐり』『日本一周』など紀行文を多く書いた作者らしく、風景の描写は結構多い。各地の間の距離が何里であるかところどころ細かく書いてあったり、初版本(国会図書館の近代デジタルライブラリーなどで閲覧可能)では舞台となる地域の地図が載っているあたりは、舞台となる風土もひっくるめて楽しんでほしいと言う作者の想いの現れなのだろうか。
 ただ、今から約100年前に書かれた小説(1909年)ということもあり、現代に生きる身としてはなかなか風景の描写を頭の中にイメージできず、作品の良さを十分に楽しめなかったと思う。長いなぁという印象は、恐らくこれが原因ではないだろうか。

 テーマは、青年が抱く夢・願望と、それが潰えてからどんな道を歩んでゆくか、という話。田舎の小学校教師のままどんどん埋もれていく焦りと諦観、それによる一時の堕落、そして復活。こうした道は多くの人がたどるべき運命なのかもしれない。こんな過去もあったなぁと酒の肴にできる日がいつかやってくる類のものだ。
 しかし、この小説では、そういった段階に至る前に主人公清三が命を落としてしまうところが特徴的。「今死んでは、生れて来た甲斐がありゃしない」という言葉が本心から出た言葉だとすれば、彼は失意と後悔の中で人生の幕を閉じてしまったことになる。
 実際は生徒に愛され地域に慕われていたが、彼はそのことに気が付いていただろうか。また、過去の自分を思い出し、まるで他人のようにそれを眺めていたというシーンがあるが、彼はその「他人」をどんな気持ちで眺め、どんな評価を下していたのだろうか。涙こそ流しているが、その心の内は語られていない。こういった話を読んでいると、改めて自分の「幸せ」はどれだけ人を幸せにできたかに依るのかなと思ってしまう。そうでなければ、彼があまりにもかわいそうだ。

 やや感傷的にすぎ淡々と話が進むところは退屈かもしれないが、人生の岐路で彷徨いながらその道を選択してゆく青年の感性をたっぷりとに味わうことができる名作。解説では「傍観者的紀行文作家」の「影の薄い」作品と評価されている。フィクションと割り切って淡々と読んでしまうと、ちょっと退屈に感じてしまうかもしれない。だが、読者が揺れる青年の心に自らを投影して様々な思いを馳せるためには、適した描き方だったんじゃないかと思う。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 日本の作家 た行
感想投稿日 : 2011年1月22日
読了日 : 2007年11月21日
本棚登録日 : 2011年1月22日

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