劇団で頭に思い浮かぶのは、遥か昔の学生時代、いやその前の受験生時代。
東京の大学を受験するため、大学の隣にある予備校の夏期講習を受けに仙台から来た時のこと。
講義の合間に、誰かが叫ぶ声が窓の外からひっきりなしに聞こえてくる。
それも悲鳴とか切迫したものではなく、朗々と大声で語り続けるのだ(歌舞伎のように。当時は歌舞伎なんて見たこともないので知るはずもなかったが)
何を叫んでいるのかとても不思議に思ったものだ。
翌年、大学に入学後も、その光景と音声に改めて出くわした。
ようやくその謎が解明できたのは、先輩に尋ね、それは演劇サークルの台詞練習だと教えてもらったからだ。
秋に公演があるせいだろう、夏休み期間中でも毎日その声は耳に飛び込んでくる。
まあ、よく恥ずかしげもなく、公衆の面前であんな大声を出して練習できると感心した。
しかし、演劇とはそういうものだ。
その程度で羞恥心を覚えていたら、何百人かの観客の皆に聞こえるような発声などできるわけもない。
さて、この作品「シアター!」である。
さすがに「阪急電車」や「三匹のおっさん」ほどのインパクトは感じなかったし、内容も特殊な弱小劇団ものということで読み始めは重かったが、それでも途中からページを捲る手が早くなり、その後の展開を知りたくなる。
結局、これを読み終えるとすぐに続きが読みたくなり、「このあと、どうなるんだあ?」と図書館直行したわけだから。
内容は芝居への夢を頑なに追い続けている劇団に関わる若者たちの物語。
300万円の借金を2年間で返済しなければ劇団は解散という決断を迫られる。
10数人いるのだから、一人頭にすれば20万円ほど。
さほどたいした額ではないはずだが、その300万円は公演での収益で上げたお金で返すことが条件。
ここが、この作品のポイントである。
読み進めるうちに、弱小劇団の収益というものが如何に逼迫した中で続けられているのかというのが良く分かった。
芝居で食べていくのは並大抵ではないと思い知らされた。
これでは本当に芝居が好きでなければやっていけない。
そこから、登場人物の個性的な話が広がりを見せる。
笑い、涙、愛情、それぞれの思いなどがうまく散りばめられ、各々の物語が展開される。
テーマや内容的にやや軽すぎる感はあるにせよ、話の展開は面白い。
肩肘張らずに楽しく読める小説。有川浩、さすがです。
話を戻すと私の大学には演劇サークルがたくさんあった。当時は全員が趣味だ。
でも趣味を仕事にできるほどうれしいことはない。
もちろん生業になれば、趣味でやっていた時とは異なり、苦しみなどは当然増えるけれど。
実際、現在テレビや映画、芝居などで活躍している卒業生も多い。
でもそれは、学生時代に演劇を志した若者の中でも、才能やチャンスに恵まれたごく一部の人間だけだろう。
大多数は夢を断念し、ありふれた現実社会のなかに埋没していったに違いない。
いまだに趣味で続けている人はいるにしてもだ。
この本でも、アクシデントのおかげで実入りが大幅に減ったにせよ、最終収支がプラス3万円とは……。
大の大人十人以上が真剣に取り組んでこれでは、とても生活していくどころのレベルではない。
それでも黒字になったことで喜んでいる劇団員。
芝居というのはそれほど魅力的なものなのだろう。
売れない役者、売れない小説を書き続ける文学青年、文学中年。
芸術の面白さ、楽しさというのは、やはり一度嵌ったらなかなか抜け出せないもののようだ。
で、「300万円は本当に返済できるのか? 結末は?」 と続編を読むことになるのだが──。
- 感想投稿日 : 2012年7月8日
- 読了日 : 2012年7月4日
- 本棚登録日 : 2012年7月8日
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