チェンジリング・シー (小学館ルルル文庫 マ 2-1)

  • 小学館 (2008年8月1日発売)
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“「行ってはいけません。あなたは——」
困ったように頭を振る。次の瞬間、海竜の頭のなかでさまざまなことがらが渦巻き、合わさって、正しい姿をとったようだった。真実に気づいたとたん、海竜がぱっと目を見開いた。
「昔々、二人の息子を持つ王さまがいました。一人は王妃、つまりは王さまの妻の子どもでした。もう一人は海からやってきた……あなたです」
海竜はそう言って、キールの不意をついた。
「あなたなんですね」
海竜は優しくキールの額に——目のあたりに触れた。つづけて、髪にヒトデの飾りをつけた女性の絵に触れる。その女性のものうげな青みがかった黒い瞳を、少年も海の下で覗きこんだことがあったのだろう。
「あなたは海からやってきた息子ですね」
「……そうだ」
ようやく、キールが小さく答えた。
「そのとおりだ」
「ぼくは違います」
「そうだ。きみは違う」
海竜は再び、困ったような顔になった。
「それなら、どうしてぼくは海にいるのですか?」”[P.211]

題名がネタバレってますが。
面白かった。言い回しとか。
鮮やかな青や黄金の色が浮かんで、潮混じりの海の匂いが漂う。

“「わたしもしばらくいますよ。きみに少しばかり魔法を教えておきたいですからね」
平然とそう付け加える。
「もちろん、きみが望むならですが。せめて厄介事に巻きこまれないように……」
リョウは再び口をつぐんだ。あまりに一生懸命に床板の木の釘を見つめているので、ペリは、それが床から浮かび上がってくるんじゃないかと思った。
その時、リョウが体を揺すり、両手で髪の毛をかきむしった。意を決したようにペリの目を覗きこむ。
「どうなのでしょう?」
「なにが?」
「次も王子に恋するつもりですか?」
ペリはリョウを見つめ返し、その可能性について考えてみた。それから深いため息をつき、ポケットに手をすべらせる。指が、すべての思い出が詰まった黒真珠に触れた。
「それはないと思うわ。一度の人生に王子は一人で充分」
「よかった」
リョウはなぜか安心したようだった。いきなり空中から、ビールと黄色い水仙の花を取り出す。その上、宿屋の主人の台所から直接取ってきたと思われる温かいパンを。
「まあ、リョウったら!」
母親が花を目の前にして、大声で笑った。
「大丈夫ですよ。明日、ちゃんとお返しをしますから」
そう言うと、今度はペリの膝の上に早摘みいちごでいっぱいの籠を取り出した。
「朝になれば潮に乗って、蔓日日草<ペリウィンクル>の花が山のように運ばれてくるでしょう。村の人たちは、絶対忘れられない収穫を行うことになるはずです」
ペリの顎ががくんと落ちた。浜辺のいたるところで、海が整然と打ち上げた蔓日日草が黄金に変わっていくさまが、目に浮かぶようだった。
「そうなったらケアリーは幸せでしょうね」
「かもしれません。でもひょっとすると、ケアリーは幸せになれないかもしれません。おかしなものです、幸せというのは。黄金によって幸せになれる人がいます。黒真珠によって幸せになれる人もいます。でもずっとずっと幸運な者は、ペリウィンクルで幸せを摑みます」”[P.274]

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 文庫本
感想投稿日 : 2012年8月11日
読了日 : 2012年8月11日
本棚登録日 : 2012年8月11日

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