怪帝ナポレオン3世

著者 :
  • 講談社 (2004年11月30日発売)
4.05
  • (9)
  • (4)
  • (4)
  • (2)
  • (0)
本棚登録 : 59
感想 : 6
5

著者いわく、この帝の世間一般的なイメージは「馬鹿」だそうだ。
私にとっては少し違って、オーストリア皇弟をあれほど悲惨な目に遭わせたからには、悪魔のごとき血も涙もない陰謀家だとばかり思い込んでいた。
いずれにせよ、無知と誤解に満ち満ちた偏見だったことは変わらない。

しかして、その実像は。
王子→亡命者→囚人→大統領→皇帝→戦争捕虜→亡命者とめまぐるしく変転した64年間にこの男が夢見たものは、なんと壮大で、21世紀の今振り返ってさえ、進取の気にあふれていたことか。
「貧困を根絶するために皇帝になる」などと大真面目に言うやつは、確かに相当の「馬鹿」だろう。この英雄の甥ときたら、言うだけでなく本当に即位し、さらに数々の画期的な福祉政策を断行してのけたのである。

サン=シモンという名前は、「空想的社会主義者」なる、どう考えても褒め言葉ではない決まり文句とセットで知られる。ナポレオン三世はこのサン=シモンの熱烈な信奉者であり、そしてまた一方では没落皇家の一員という、権力の座に就くにはこの上なく不利な生まれであった。
にもかかわらず、不屈の精神で皇帝にまで上りつめ、巨大な権力と実行力を手に入れて、「空想的」な己の理想を現実にすべくひたすら邁進した…それが著者が提示してみせた、知られざるナポレオン三世の姿である。

政治や経済の「堅い」話がかなり続くが、明快で軽妙な著者の筆は、それを苦痛に感じさせない。内容のみならず、リーダビリティの点でも画期的な名著である。
強いて言うなら——著者も認めているように——誹謗中傷に晒され続けた人物の再評価を志すあまり、彼のダメ人間としての側面の描写がないがしろにされてしまった感がある。本書に負けず劣らず面白い作品になるはずのそれを、一日千秋の思いで待ちたい。

2012/5/23〜5/24読了

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 歴史
感想投稿日 : 2012年5月24日
読了日 : 2012年5月24日
本棚登録日 : 2012年5月24日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする