沈める滝 (新潮文庫)

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感想 : 58

奥只見湖を旅行するにあたり、物語の舞台となっているこの小説を読んでみました。
三島作品を読むのは久しぶりです。
相変わらずの硬質で尊大感の漂う、彼独特の文体。
美しく豪奢で気位の高い男女が登場します。

どちらかというと、実験的な愛で繋がった男女の心理描写を主体に描かれており、主人公、昇が仕事で越冬する、奥只見(本作では奥野川ダムという名前)についての描写は、二の次となっている様子。
前に同じ場所を舞台にした『ホワイトアウト』を読んだため、情景描写の迫力の差は歴然としています。
自然の猛威がメインとなっているわけではありませんが、もう少し冬の間は雪で閉ざされた遠隔の地だという孤立感を伝えてほしく思いました。

あまりに人工的な男女。鉄や石とばかり遊んできた少年は、成人した時には鉄のように固く不動の心を持つようになっていたようです。
そんな彼が、ダム設計技師という仕事上、人里から隔離された自然の中に身を置く形でひと冬を超えるうちに、遊戯めいていた人妻、顕子への思いが形を変えていきます。

どうにも技巧的な文体で綴られる、技巧的な主人公の心の行方。
物語は感動的なクライマックスを迎えるかに見えて、急遽ショッキングな悲劇性を帯びていきます。
顕子の深い絶望と、それを観察者の立場で黙って見守る青年の残酷さ。

以前卒論で彼の文体について採り上げたことがあるだけに、文章そのものについ気が向いてしまいます。
独特の翻訳調文体や話の運び方に、フランス心理文学の影響が色濃く出ているように思います。
若さ、豊かさ、美しさ、傲慢さ、残酷さ、自尊心と屈辱、絶対優位性など、何ともミシマらしい傾向に満ち満ちた作品です。

いかんせん、常に無感動で冷静なので、昇にはどうにも感情移入できません。
ただ一回、顕子の夫が彼を訪ねて来た時に激しく動揺した時のシーンは、興味深く読みましたが、さすがはミシマ主人公、無難に切り抜けました。

まだ若く、過ちを犯しやすい年齢でありながら、自分自身を頼みにし、残酷な采配を振るう、無傷の青年。
愛を信じないことが、彼の強さなのでしょう。

主人公の心理について行けなかったため、物語としては好きな話ではありませんが、ラストに向けて女性を滝、主人公をダムと見立てて描きこんでいく緻密さは、さすがの筆力だと思いました。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 日本文学
感想投稿日 : 2011年10月24日
読了日 : 2011年10月24日
本棚登録日 : 2011年10月24日

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