スカイ・クロラ (中公文庫 も 25-1)

著者 :
  • 中央公論新社 (2004年10月25日発売)
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なんだろう。
時代、状況などの外部設定は全く語られていない。

ただ、飛ぶこと。
それが仕事であるということ。
それだけが与えられ、淡々とストーリーが進んでゆく。

「仕事も、女も、友人も生活も、飛行機もエンジンも、生きている間にする行為は何もかもすべて、退屈凌ぎなのだ。
死ぬまで、なんとか、凌ぐしかない。
どうしても、それができない者は、諦めて死ぬしかないのだ。
それは、大人も、子供も、きっと同じ。
同じだろう、と思う。
もちろん、想像だけれど…。」


人間は、二種類に分けられる、と私は勝手に思っている。
それは、生きる理由を問うてしまう人間、と問わずに済んでいる人間、だ。おそらく、一般に「普通」と呼ばれている人間は後者であると思う。しかし、中には意味を問うてしまう人間がいる。

そのような人間が一度はたどり着く答え、それがこの引用文にあるような、「退屈凌ぎ」なのだと思う。

「僕たちは、確かに、退屈凌ぎで戦っている。
でも…、
それが、生きる、ということではないかと思う。
そう、感じるだけだ。
違うだろうか?
生き甲斐を見つけろ、と昔のマニュアルには書いてある。
見つけられなかったら、退屈になるからだ。
つまり、退屈を凌ぐために、生き甲斐を見つける。
結局、昔から何も変わってはいない。
遊びでも仕事でも勉強でも、同じだと思う。
淡々と生きている僕たちには、それがよくわかる。
僕はまだ子供で、
時々、右手が人を殺す。
その代わり、
誰かの右手が僕を殺してくれるだろう。
それまでの間、
何とか退屈しないように、
僕は生き続けるんだ。
子供のまま。」

僕を通して、シンプルに、スマートに語られるこの言葉たちは、すっと、心に沁みる。そうだ、生き続けるんだ。子供のまま。


「周りのみんなは、理由をたくさん用意する。この世は、うんざりするほど理由でいっぱいだ。ゴミのように理由で溢れている。人はみんな理由で濁った水を飲むから、だんだん気持ちまで理由で不透明になる。躰の中に、どんどん理由が沈澱する」

「そして、また…、
戦おう。
人間のように。
永遠に、戦おう。
殺し合おう。
いつまでも。
理由もなく、
愛情もなく、
孤独もなく。
何のためでもなく、
何も望まずに…」


これが、森さんの提示する答えなんだろう。

生きるために生きる。
その、一見倒錯した論理。

生きることに、そもそも理由なんてないのだ、という論理。

これらは、もはや使い古された、手垢の付いた論理、とも言える。しかし、まだ、内包する真理を失ってはいない。

森さんの淡々とした語り口で新たな血肉を与えられた思想。素朴で良質な文章。とても美味しくいただきました。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説
感想投稿日 : 2012年1月6日
読了日 : 2012年1月6日
本棚登録日 : 2012年1月6日

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