おやおや、植物きどりですか?といった本棚です。もちろん愛しい本しか並んでません。まだまだあります、ちょこちょこ更新中。
巻き助さん
松本 大洋
小学館 (1992年08月)
偏愛
小学館 (1992年06月)
小学館 (1992年03月)
自給自足の人、花男がいるってこと
小学館 (2000年11月)
ユキがマコトを見つけて、マコトがユキを見つけてくれる
小学館 (1997年08月)
ヒーロー見参!
小学館 (1997年06月)
小学館 (1997年02月)
小学館 (1996年11月)
小学館 (1996年06月)
スマイルが呼んでペコが応える。スマイルが呼んでペコが応える。スマイルが呼んで、ペコが応える。
小学館 (1994年07月)
ここではないどこかへ。ここではないどこかへ。
小学館 (1994年05月)
クロがいてシロがいる。ただそれだけが、私をこんなにもシアワセにしてくれる。
小学館 (1994年03月)
シロがいてクロがいる。ただそれだけが、こんなにも私をシアワセにしてくれる。
レスリー フィードラー Leslie Fiedler
青土社 (1999年08月)
目がそらせなくなる。
ポール オースター Paul Auster
新潮社 (2002年11月)
ほんのわずかに狂い出す瞬間から、ものすごいスピードで物語が駆け巡る。
新潮社 (2001年11月)
何もかもなくして、破綻したときほど「ありたい」姿がより透けて見えてくる>
ポール・オースター Paul Auster
新潮社 (1995年08月)
悪くないじゃん。って、良い人生を良いアメリカを信じられる本。
新潮社 (1994年03月)
誰かが誰かを救うことが出来るという奇跡を、もう一度信じてみたくなった本。
山本 麗子
講談社 (1996年10月25日)
食
講談社 (1994年12月12日)
ダイナミックな料理達。
高山 なおみ
メディアファクトリー (2003年02月)
温度の低い料理本。
栗原 はるみ
文化出版局 (1994年10月)
文化出版局 (1992年11月)
やっぱり家にもありました。
ジョン アーヴィング John Irving
文藝春秋 (1996年07月)
彼が彼であったこと。彼女が彼女であったこと。彼の本を読む度に感じる喜びは、そんな何の変哲もないことだけど。
ジョン アーヴィング 中野 圭二
新潮社 (1989年10月)
めまぐるしくやってくる、良いことと悪いこと。
ジョン アーヴィング 筒井 正明
新潮社 (1988年10月)
彼の書くモノは「安っぽい笑いと暴力とセックス」に満ちている。それでも、その救いのない出来事を突きつけてなお「これぞ人生」と言い切る、言い切ってあまりある力強さを持っている。 私はそんなアーヴィングが大好きだ。
マーガレット・ワイズ ブラウン レナード ワイスガード
フレーベル館 (2001年09月)
絵本
うちだややこの言葉が良い。自分がスプーンや白菊や林檎とおんなじような、気分になる。それが気持ち良い。役目を忠実に果たすべくいる人になったような。
アーノルド・ローベル 三木 卓
文化出版局 (1972年11月10日)
いつまでもいつまでも一緒にいようよ。
ばーじにあ・りー・ばーとん ばーじにあ・りー・ばーとん
岩波書店 (1965年12月16日)
変わらないもの。
ピーター スピア ピーター スピア
福音館書店 (1993年06月30日)
ゴチャゴチャと可愛くって淡くって美しくって、ちょっと淋しくなる。祭りの後みたいな気持ちを思い出して。
加古 里子
福音館書店 (1977年04月01日)
丹下左膳の雪だるま…!
福音館書店 (1967年11月20日)
シュール!
中川 李枝子 山脇 百合子
学習研究社 (1971年04月13日)
ザラメの付いたイチゴアメ!
なかがわ りえこ おおむら ゆりこ
福音館書店 (1967年01月20日)
ふわふわのカステラ!
武田 百合子
中央公論社 (1997年06月)
中央公論社 (1997年05月18日)
中央公論社 (1997年04月)
森 茉莉
講談社 (1992年07月03日)
森 茉莉 中野 翠
筑摩書房 (1994年12月)
森 茉莉 早川 暢子
筑摩書房 (1998年01月)
川上 弘美
中央公論新社 (2002年10月)
暮らし
恋を語らずとも、女を語らずとも、男を語らずとも、友を語らずとも、生活を語らずとも、仕事を語らずとも、こんなにも語るべきコトは残っているのだな。
レイモンド カーヴァー Raymond Carver
中央公論社 (1997年10月)
カーヴァーの本はすごくやっかいだ。それは、彼の本が私の一時期の暮らしを、まざまざと思い出させてしまうから。それはもちろんすごく個人的なことで、カーヴァーの責任ではないけれど。
平凡社 (2001年06月)
先生でもなく、せんせいでもなく、センセイと、ツキコさんの物語。人と人の間合いの物語。眠くなるような時間を重ねて、思いを育てる物語。どうしたいのかさえ、どうなりたいのかさえ、当の本人も皆目見当がつかない物語。そして、すべてを乗り越える物語。
新潮社 (2001年11月24日)
「川上弘美」は食いしん坊だと思う。
菊地 和男
講談社 (1998年07月)
著者は写真家でもあるという。なるほど、美しい一冊である。まずは茶器をあしらった装丁が美しく、そこに墨で書かれた「中国茶入門」の文字が美しい。中をパラパラめくれば、茶を愛でる漢詩あり、中国茶のフルサトを訪ねた美しい写真あり。茶にまつわる美しい文章あ...
つげ 義春
日本文芸社 (1987年06月)
「いながらにしていない」という心意気。
笙野 頼子
河出書房新社 (2001年03月)
猫
「ただ友達になった相手がたまたま猫だった」うんうん。私も。
大島 弓子
角川書店 (2002年12月)
彼女は病気のことも猫のことも病気の猫のことも、当たり前のように書いている。
角川書店 (2000年07月)
「グーグー」と「ビー」と「クロ」との毎日。
藤原 マキ
学習研究社 (2003年01月)
「神経質なところはなく、子供っぽいのびやかな面」があって「それなりの味」があって、ついつい引き込まれて見てしまいます。
江國 香織
大和書房 (2004年05月)
「音楽を聴くためには自分の人生がいる」
白泉社 (2001年07月)
今度の日曜日に、美術館に行きたくなった。
白泉社 (1997年06月)
彼女の言葉は、銀色のシャープなハサミのように、すぱっと鮮やかに絵本を切り取っている。
谷内 六郎
マドラ出版 (2001年04月)
コドモゴコロ
きつねが公衆電話を掛けている。私の大好きな六郎の絵は、公衆電話からあたたかい灯りが漏れている。柔らか丸く濃い闇夜を照らし出している。この人も知っているのだ。闇の怖さと灯りのあたたかさを。
斎藤 隆介 滝平 二郎
岩崎書店 (2002年04月)
私は恐がりな子供だった。夜中一人でセッチンにいけない豆太みたいに。
みやざき ひろかず みやざき ひろかず
ブックローン出版 (1989年10月15日)
チョコレート色だけでかかれた、やさしい色合いの絵本。ぐうぜんに空から降ってきたチョコレートのカケラを食べちゃった、一匹のさかなのおはなし 。その味が忘れられなくなったさかなは、チョコレートが降ってくるのを待って待って待って待つのだけれど…。さかなが...
アンデルセン リスベス・ツヴェルガー
かど創房 (1982年12月)
子供だった私は、ある日「リスベス・ツヴェルガー」の描く絵本に出会いました。そして、どんな日だまりにでも闇はある。ということを知らされました。
鈴木 いづみ
文遊社 (1997年08月)
私は嬉しかったのだ。彼女は生きていようと死んでいようと変わらない。彼女の文章が今ここにあり、付加価値何ぞなくともヒトリの書き手として充分すぎるほどに面白いということが。彼女は時にエキセントリックに語られる。言葉は挑発的かもしれない。物語として語ら...
高野 文子
講談社 (2002年02月20日)
この人の手に掛かってしまえば、何もかもがナツカシイトシイ物たちへと、包み直され生まれ変わってしまうのです。誰かに愛された物たちへと。例えば何でもない靴下ひとつにしろ。
金井 美恵子
新潮社 (1996年08月)
荒木 経惟
平凡社 (1990年02月)
この切なさをどう言えばいい?
暮しの手帖編集部
暮しの手帖社 (1972年01月)
北寺尾ゲンコツ堂
データハウス (1996年03月)
この本の生真面目さを指示します。スバラシイ本です。
中島 らも
双葉社 (1996年07月)
らもさんの本の中で、一番好きかも。というのは、秘密にしよう。
H・R・ギーガー
河出書房新社 (2004年08月20日)
ギーガーという人は、卵から宇宙船まで、どうしてこんなにいやらしく美しく仕立て上げてしまうのだろう?ひんやりしているクセに生暖かく。いやらしくて美しくて。乾いているクセに常にしたたっている。この気持ちよさ!これはきっと細胞レベルの快感。生まれ落ちた...
ジョン・M. マグレガー John M. MacGregor
作品社 (2000年05月)
それでも私は忘れたくない。誰に見せることもなく、見られることもなく、誰も訪ねてくることのない部屋で、ひとり自分の世界を毎夜紡ぎ続けていた、ダーガーのことを。その心根を。それが、すべての始まりで、終わりでありたいと思うから。誰が訪ねてこなくてもいい...
辰巳 芳子
婦人之友社 (1992年10月)
文化出版局 (2000年01月31日)
農山漁村文化協会 (1991年05月)
日本放送出版協会 (1999年03月)
文化出版局 (2002年08月)
私の宝物。
沢村 貞子
暮しの手帖社 (1981年01月)
この本の前にはコウベを垂れるしか手立てがなくなります。私の教科書。
幸田 文
新潮社 (1997年10月)
文章を書くことを文さんは「作文」と言う。何だかほほえましい。
新潮社 (1967年01月)
働く私
「看取り」とは、どこまで行っても満足はない。考え始めればキリがない。だけど「死んで、そして終わる」。これだけは変わらずにあるってことを改めて理解した。当の露伴は飄々としていて。ありのままを受け止め、恐れるわけでも、嘆くわけでもなくって。看取る側の...
講談社 (1995年08月02日)
私はどんな台所の音を立てているだろうか?野菜を刻む音。流しをたたく水の音。水を切る音。鍋やお皿を洗う音。ふと気が付くと、自分の音に耳を澄ますようになった。
新潮社 (1993年06月)
この人の持っている言葉は、それ自体が財産じゃないだろうか。
岩波書店 (1983年09月16日)
当然ながら、単純に善悪が存在するわけでもなく。大好きなあの人も時として悪であったり、親である前に人であるが故に、残酷だったりするわけで。まだまだ子供の領分を生きる私は、大人の身勝手さに、子供の不甲斐なさに、切なく、愛おしく、腹立たしくもなるのです...
しりあがり 寿
ソフトマジック (2001年12月)
ワタシにトモダチが出来ないのも。それでも欲しがるのも。出来たと思えばこの手で叩きつぶすのも。こんなに「さみしい」のも。ワタシのせいなんかじゃないってこと。ワタシのこのノウミソのしていること。頭蓋骨に閉じこめられたこの淋しいノウミソの仕業だってコト...
ソフトマジック (2002年03月)
死を想うこと。老いを病を想うこと。それが生活にすんなり同居していること。ひっそりと自分レベルでいかようにも、思いめぐらしシュミレートしていくこと。それはとても大切なこと。ナゼなら、それはとても謙虚だから。過剰だから。穏やかだから。いたって真面目だ...
青林工芸舎 (2002年01月)
桃源郷。理想郷。そんなコトバが次から次に沸いて出る。誰もいらない、自分によく似たもう一人さえいればいい。ヒザに寝ころぶオヤジのしあわせそうなこと、それを見下ろすオヤジのしあわせそうなこと。愛おしいやらいじましいやら。もうこれだけで、ノウミソは空っ...
やまだ ないと
祥伝社 (2001年04月)
私たちにそっくりで、でも全く違う夫婦の話。おんなじような道を通って、おんなじような店による。何処かですれ違っていたかもしれない、夫婦の話。
平松 洋子
ブックマン社 (2001年07月)
この本から沸き上がる物欲が私を元気にしてくれる。
佐野 洋子
講談社 (1977年10月19日)
思い出してほしいと 思うのです。自分を好きだった人たちが 泣いてくれたことを。泣いてくれた人たちが 自分を好きだったということを。そして気がすむまで 感じてほしいのです。自分が泣いてることを。その人を思い泣いてることを。その人のことが 好きだった...
やまだ 紫
筑摩書房 (1990年01月)
この本を読んでいると、自分が母さんになったみたいな。誰かの母さんになったみたいな。誰かに昔無条件に頼られて愛されて、愛していたような、ありもしない記憶が蘇ってきて。やっぱり自分をぎゅーっと抱きしめてあげたくなる。
金井 美恵子 金井 久美子
平凡社 (2002年10月)
「口においしく、目に楽しく、頭におかしく、ピリッと栄養。」
南里 秀子
バジリコ (2002年08月)
猫飼いのバイブル。
ミュリエル バルベリ Muriel Barbery
早川書房 (2001年07月)
「最後の晩餐には何を召し上がりますか?」すでに、新鮮味を失いつつある質問ではある。それでも、今にも息絶えようとしているこの男が。美食の限りを尽くしてきたこの男が。薄れゆく記憶を総動員して取り組む、この質問には、わたしもすっかり夢中になってしまった...
池波 正太郎
新潮社 (1981年10月)
池波さんが食べ物について語るとき、懐かしさや愛おしさや寂しさや憧れやすべてが詰まっているから。その上でさらっと、あの店のあの味がいいよと、こともなげに飾りもせずに言うから。だからわたしは眺めるしかない。その完成された風景を、池波さんごと。だから、...
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