レビュー by masamackyさん
以下、本文より抜粋
「この選手を育てたい、立派な人間にしてやりたい」と思ったときに大切なのは、ほめたりやさしく接したりすることだけではない。ときに厳しく叱ったり、言いにくいことを直言してやったりすることも必要なのだ。それが指導者としての愛情なのである。
組織というのは不思議なもので、すばらしい素質をもった人間ばかりを集めれば機能するかといえば、決してそんなことはない。むしろ、個々の才能はそれほどではなくても、共通の目的のもとで、みんなが一致団結して取り組んでいる組織のほうが、よい結果を残すことが多い。大切なのはやはり、組織全体の「まとまり」だ。
それでは、「まとまり」とはなにか。
それは、組織を構成する各自が自分の果たすべき役割と責任を明確に認識し、まっとうすることで、一丸となって目標に向かっていくことにほかならない。ひことことでいえば「適材適所」である。それなくしては、いくら優秀な人材を集めても組織は機能しない。
人間は誰でもなんらかの才能を与えられて生まれてくる。とすれば、それを受け入れる側は、彼らひとりひとりがほんとうに自分に適した場所を与えられているのか、つねに念頭に置いておく必要がある。だからこそ私は、いつも選手たちをじっと観察しながら、適材適所を考えるようにしている。
指導者は選手に好かれようとは思っていはいけない
私は選手に好かれようとはまったく思っていない。なぜなら、監督は選手と勝負する部分がなければならないからである。監督である以上、野球の知識はもちろん、世間における常識、あらゆる雑学など、体力以外で選手に負けることがあってはならないと私は信じている。負けてしまえば、監督としての権威と威厳が崩れてしまう。それがチームの崩壊につながるのだ。
信頼関係構築の第一歩は意識改革である
選手に好かれようとは思っていない私であるが、「信頼」はされなくてはいけない。選手と監督のあいだに信頼関係が構築されていなくては、人間教育は成立しない。信頼とはもちろん、「この監督についていけば大丈夫だ」「この監督なら勝たせてくれる」と選手に感じさせることである。監督は選手にそういう安心感を与えなければいけない。監督が頼りにされなければ、なにを言っても無駄である。
やはり、私には弱いチームが合っている。弱いチームを強くすることのほうが私にはずっとおおしろい。どうすれば強いチームに勝てるか、全身全霊をかけて考えに考え、あらゆる準備をし、勝利の方法を探る。それが私のいきがいなのである。
レビュー登録日 : 2011年06月18日
引用
- 登録されていません。






コメント
まだコメントはありません。