馬脚チラリズム»
2007年7月17日から開始(?)2007年9月以降に読んだ登録できるもの全部と、それより前の一部。セクマイ系はこっち→http://booklog.jp/users/nijiirokatatumuri
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ナチ占領下のパリで、ユダヤ人やレジスタンスを匿い、脱出させたムスリムたちの話。
『サラの鍵』http://booklog.jp/users/melancholidea/archives/1/4105900838と同じ舞台。ヴェル・ディヴにも触れられている。
ノンフィクションだけれど、聞き書きの再話と言ったほうがしっくりくる。
エピソードをパラパラと並べて、全体像は読者の頭の中で組み立ててね、という感じ。
ひとつひとつの話をちゃんとしりたくて隔靴掻痒。
でも後書きを読んだら、そう書いたのではなくそういう風にしか書けなかったっぽい。
語られないまま風化しつつある過去だから。
フランス人の手による虐殺、助けたムスリムも被差別者、WW2の後は冷戦だ独立だでゴタゴタした、占領下の非合法活動だったから記録なんてもちろんしてない、など認めたくない理由がいくらでもあって、調べないうちに忘れられてしまった。
もうすでに聞き取りができないから、かき集めたエピソードを並べることさえも大変な苦労だったと。
ならば勝手に話を作らずにただ事実を並べていく書き方は誠実なのだろう。
お気に入り度よりおススメ度を重視して★4
あまり扱われていない題材を見せてくれたところに価値がある。
原書は絵本だそうで、この本も一応児童書の体をとってはいるけれど子供に読ます気ないなあ。完全に大人に狙いを定めてる。
「大人が手に取れるようにこのサイズにした」って逆じゃないの?大人は児童書を読めるけど子供は大人の本を見られないというのに。せめてルビくらいふればいいのに。
絵は(特に建物が)綺麗だけど、写真の模写かそれっぽくおいたジオラマっぽくてあまり好きじゃない。
関連
『ユダヤ人を救った動物園』http://booklog.jp/users/melancholidea/archives/1/4750509124
軍人がきたときの対処にこれを思い出した。救う側の恐怖もしっかり書かれている。
2012年05月28日
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ルポ・ノンフィクション
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読み終わった
(2012年05月28日)
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北欧の歴史概略。基礎知識用。
歴史知識ゼロの私には北欧といえば福祉社会保障おしゃれ家具なんかの豊かなイメージしかなかったんだけど、ヨーロッパの中心からみると東欧と同じように不可解な異物だったのか。
デンマークはなにがしたいんだ。
2012年05月27日 | コメント(0) | 歴史・地理 | いま読んでる
黒後家蜘蛛4冊目。
前作から出版までに間があいたせいか老化している気がする。
毎度繰り返される「給仕さんは口を出さないでくれないか(侮蔑)」「ヘンリーは正規会員だよ」「それはこういうことではございませんか」「なんてこった!ヘンリーありがとう!」という様式美には、黄門スタイルの爽快感よりもゲストの下品さばかりが強調される。上流階級の下品さは醜い。
【飛入り】は、そういやヘンリーは最初からこういう人だったと思い出してニヤニヤした。
鮎川哲也の解説をみてはじめて【ミカドの時代】のタイトルの意味がわかった。解説自体はあんまりよくない。お前の話はどうでもいいよという気分になる。多分鮎川ファンで同時代に読めたらもっと楽しめたんだろうけど。
図書館で借りたら、銀背景に椅子と机とクモの古い表紙だった。こっちのほうがいい。
2012年05月27日
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小説/翻訳
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読み終わった
(2012年05月27日)
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「個」ではなく「群れ」という視点で考える進化。
たとえばタイトルのアリには反応に個体差があり、必要な仕事にとりかかるまでの時差がある→いつも働くアリと、忙しい時期にだけ働くアリが出てくる。
なるほどといえばなるほどだけど、私は生物学の常識を知らないから普通にそうだよねと思うだけだった。ヒトではよくあることだし。
交尾して多様性を確保したりクローン生殖で同一性を保持したり、虫をかいている部分は面白かったんだけど、擬人化や価値判断が多すぎるように思う。(裏切り者、怠け者など)
人になぞらえたくなるのはわかるし一般書レベルのわかりやすさを目指した例え話がほとんどだし虫になぞらえて人間社会を語る内容も私の価値観に反するものではない。
それでも嫌だ。生物学者としては生物だけを語ってほしい。分野外のことは仮説ですらない空想の部分があるのもマイナス(例、滅私奉公)。
「ヴィクトリア朝の昆虫学」http://booklog.jp/users/melancholidea/archives/1/4887217854を読む前なら違った感想をもったかもしれないけれど、今は虫の生態に重ねて人間社会を語る行為に警戒したい。
たとえばこの本にも出てきた、違う種類のアリの巣を襲って卵や幼虫を盗み、奴隷にするアリの話。それ自体は事実だけれど、「昆虫学」に出てきた学者は「色の薄いアリが奴隷にするのは常に黒いアリ→黒くてでかいやつを奴隷にするのは自然の摂理」と解釈した。
私は奴隷制が禁止されてから生まれたから、これがどれだけ馬鹿げた論理だかわかる。
ではグローバルうんぬんは?只中にいるから、思想としては賛成だけど正しいかどうかは判断できない。
だから、イデオロギーで生物を読むべきじゃない。生物を根拠にイデオロギーを語るべきじゃない。
内容はそれなりに面白かったけれど書きかたが危ういので★2つ
2012年05月23日
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自然・科学・生物
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読み終わった
(2012年05月23日)
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東日本大震災で被災した岩手県釜石市の遺体安置所を舞台にしたノンフィクション。
心情的になかなか見せられない(踏み込めない)「遺体」に焦点をあてた本。
必要最低限のことしか書いていない装丁と、文字だけしかない中身にまずはほっとした。
あれだけの災害の、しかも死を中心に据えながらこの本が静かなのは、そこが「死体置き場」ではなく人の死を悼む場であったからだろう。
釜石市は国道を境に海(漁業)のマチと内陸の工業地帯にわかれていたという。
津波の被害は届くか否かがすべて、というのは色んなところで言われるけれど、本当に数キロのところにいてさえ、見なかった人たちは津波の巨大さを理解するまでに時間がかかっている。
テレビも電話もつながらないから、見えなければ「津波があったらしい」「浸水したのかな?」くらいの認識しかできない。
震災後は津波が来た海側の被害を、津波がこなかった内陸側が支えることになる。
遺体を捜し、掘り出し、清め、検視して番号を振り、捜しに来た遺族に対応し、次々に増える遺体を保管して、あまりにも多い死者と被災に手が回らない棺や火葬の手配をし、他県の受け入れ先の火葬場へ運ぶ。
区切られていたと書いたけれどコミュニティとしては分かれていない「釜石」というひとつの地域の中では(自衛隊や医療チームなどよそからの人もいるにせよ)、亡くなった人と遺族と支える人が知り合いであることも多い。
被災者だから、自分も被災者なのにサポート側をすることはつらい。
被災者だけど、被災の度合いが違うからどう接していいかわからないこともある。
そして、同じコミュニティだから共有できる前提がある。
被災経験や人間性のせいだけではないところで、私にはこの人たちの大切にするものがわからなかった。(たとえば弔いについての感覚)
著者が生きる人たちの死者への扱いをさして死者に向けた「釜石に生まれてよかったですね」という言葉が印象に残った。
死に対する考えを共有している(少なくともそう見なせる)身近な人たちが遺体を取り扱ってくれるのは安心できることなのかもしれない。
登場人物たちが経験したことを再話していく形だけど、これは本当にその人たちの言葉なのかとやや疑問。
あったことは事実でも、再現されているのはその人なのか?
「どれ」や「彼女」や敬語など言葉使いが気になる。65歳が「半端ねえ」って言うかな……?
外国が舞台のときは翻訳だからだろうと気にならずにいたけれど、日本(語)だと目に付く。
2012年05月20日
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ルポ・ノンフィクション
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読み終わった
(2012年05月21日)
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麻疹(の認識)という視点から見る江戸。
毎年流行る小児病、という今のはしかとは違い、江戸の頃の麻疹は20年くらいの周期で流行る怖い病気だった。
それだけ間があくと免疫のある人は少ないし大人がかかれば重症化するし医者だって慣れてない。
ということで江戸の麻疹はかなり大ごとのイベントだったらしい。(明治以降、人の行き来が増えて毎年流行るようになってからは存在感が薄れ、ワクチン開発により脅威ではなくなった)
麻疹大流行で「摂るべきもの」が高値になったり「しちゃいけないこと」の商売(風呂屋魚屋吉原など)に閑古鳥が鳴いたりしたそうな。
今より死が近いから藁にもすがる思いで従うのだろうと思いつつ、今でもこの手の踊らされ方が繰り返されるのはもう「国民病」と言っちゃっていいのかね。
と、上から眺めていたのだけれど、騒ぎの様は最近みた光景にもよく似ている。
不安を煽る人がいて、善意で広める人がいて、便乗して商売をする人がいて(でもその人も騒ぎで職を失ったのかもしれない)、避けるべきことばかりが増えていく。
悪いらしいのはわかる。怖い。でもどうすれば防げるのかわからない。だから安心できそうなものに闇雲にすがる。
そういうのが理解できるようになってしまった。
悲惨なばかりではなく、笑ってしまうような強かさがあってほっとする。
儲けが減った人たちが麻疹神を殴ろうとするのを儲けた医者らがとどめる絵なんかがある。
揶揄しつつも儲けやがったやつらを倒せというヘイトに走らない(ように見える)のはすごいな。
仮想敵をまさに仮想の麻疹神に押し付ける平和の形は強い。
あとがきにある「医療史は生活史」という言葉がよくわかる面白い本だった。
関連
疱瘡絵「浮世絵のなかの江戸玩具」http://booklog.jp/users/melancholidea/archives/1/4784509364
2012年05月16日
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文化
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読み終わった
(2012年05月19日)
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小人の話をあつめた民話集。ドイツ・北欧中心。
その辺りだと小人=鉱物関係が多いせいか、「強欲な爺さん」の型が多い。
強欲なのは人の場合もあるけれど。
このシリーズの中ではあまり好きなほうじゃない。
小人と遭遇する場合は悪魔のパターンに似る。
小人が主役の場合は(文字通り)大きな困難に立ち向かうパターン。怪物を倒す「人」の話と似たタイプ。
小指サイズと子供サイズの姿をはじめ、あまり「小人」の定型がはっきりしていないのか。
ヌーレムーレやフレディとバイオリンはハッピーエンドの形が怖い。え、それでいいの!?
親指小僧・はしばみ坊やは一寸法師系。親指小僧は田螺長者のほうが近いか。マイア物語は親指姫タイプ。
白雪姫やくつ屋の小人がマイルドなのはグリム兄弟あたりの完成版からとっているのかな?
もみの実はリューベツァールっぽくて好きだ。
2012年05月13日
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児童書・絵本
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読み終わった
(2012年05月13日)
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「原子力村の大罪」http://booklog.jp/users/melancholidea/archives/1/4584133352で興味を持った、南相馬市と市長・桜井勝延の本。
忘れられないために露出してるんだろうな。
南相馬市と市長の本と書いたけれど、南相馬市の原発事故被害を縦軸に、南相馬市民という横糸をはわせて東日本大震災の絵を織っていく。
たとえば地震直後に船を沖に逃がした漁師たちが経験した海上の津波、やりすごした波が家族や友人の住む陸へ向かうのを見つめるしかない恐怖。
農家や酪農家、土地に密着して食っていく人たちにとっての場所の重み。
話が通じない外の人への苛立ち。
そして一番太い横糸が桜井勝延。
興味に従って織り込まれる横糸は、宮沢賢治だったり相馬藩だったり、一見震災や原発事故とは関係なさそうな部分もある。
しかしその辺のつなげかたが角度を変えた見方を教えてくれて面白い。
でも「著者の興味」と「登場人物の興味」を混同している気もする。
相手に興味をもったからその人の興味対象にも興味を持つということはあるけれど、書き方がどうも自分と他人を混ぜてしまっていると感じる。
表現は常に自分の頭を通すしかないものだけれど、自分の再構築した物語であるということに無自覚な語りに見えるのが気になる。
ドキュメンタリーではなく再現ドラマを見るような印象。
悪くはないんだけど。
2012年05月07日
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ルポ・ノンフィクション
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読み終わった
(2012年05月10日)
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アフリカ各国を紹介する本。
文庫で全部紹介しようというのだから当然ながらざっと概要。
というか特徴。だから自然が特色なら自然を、歴史や出来事が有名ならそのことを中心に書いてある。
地域ごとの特色や合間のコラムもあって、流れや全体を把握するのに良い。
ひとつひとつのページは少ない中で、そうなった背景まで織り込んであるのが嬉しい。
北部に違和感があるのはこれが2011年2月の出版だから。
執筆時はアラブの春直前くらいか?
南スーダンは独立せず、リビアは前途有望で、日本は震災前。
一年ちょっとしか経ってないのにずいぶん変化したな…
・資源があると利権が発生して翻弄される。
・ヨーロッパが火種をまくだけまいて撤退したあとには禍根が残る。
・ひとつの分野に依存した経済は危険。
・自分達の食うものを調達できないのも危険。
2012年05月07日
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歴史・地理
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読み終わった
(2012年05月07日)
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海外(アジア)にテーマをさだめた若手フォトジャーナリスト3名が語る「写真をとること」。
自分のテーマにそって写真への立場を書く文章とその写真、対談(インタビュー)×3と、最後にテーマにした問題と国の説明×3
写真や他者について語るのは大筋では皆同じ内容。
だけど、直感だったり薄っぺらかったり信念だったり三者三様。
人を害したくない、いきなり土足で踏み込んで無言で勝手に撮って売ることができない、というのは世代の倫理だろうか。
「もう、勇者しない」の時代。
安田:カンボジアがテーマ。今はHIV関係がメイン?
安心して見られる。「ファインダー越しの3.11」と「未来に語り継ぐ戦争」を補完するように読んだ。
対談部分は内輪受け気味。インタビュアーとの関係など読み手は知らんのに説明なし。微妙に噛み合わない会話をインタビューされる側が軌道修正してる。聞き手の選択って大事だな。
幸田:インドのダリット(不可触民)がテーマ。
本人が書いた文章は、国語が苦手な中高生の作文を読んでいる気分になった。
漠然とした言葉による「ぼくはこうおもいました」な感想は、全部ひらがな書きかと錯覚しそうに拙い。
具体的な言葉を持たない人なのか、ふわふわした薄い文章のせいで、(インタビュー部分をみればそうでもないのに)すごく頭が悪そうに見えてしまう。
表現者としてはアウトなレベルだけど、日記も書かないタイプの「ふつうの人」はこんなもんだろうか。
で、どうにか読み取った内容は自分のサイズをわかっていないような青さで、なにかすごく恥ずかしい。
この人この中で最年長なんだけどな……
白潟:カンボジアの地雷撤去がテーマ。タイも少々。
訥々と真摯。地味に地に足が着いた語りなのにフットワークが軽い。
思考と行動のバランスが良さそう。将来が楽しみ。
地雷撤去済みのスペースで笑顔の子供たちが駆ける写真(p150)はフィン・コン・ウトの「戦争の恐怖」を意識しているんだろうか。
全体的に「若い」本。著者3人が若いだけじゃなくて作った人も若いんだろうか?
編集部の前書きがまず青春かぶれっぽくて怯んだ。
本としての作りも大いに不満。
まずエッセイに挟まれる写真が邪魔だ。いい写真だけど内容と直接は関係ないし、文章の途中で挟んでくるから読みにくい。その写真の内容が語られるのは最後のまとめエッセイの中なんだから、そこにまとめて載せれば見やすいのに。
便箋の飾りみたいに小さく入れられた写真はいらない。同じものを何度もいれなくていい。
素材は悪くないのに本としては色々残念な出来栄え。
2012年05月01日
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ルポ・ノンフィクション
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読み終わった
(2012年05月01日)
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与勇輝の作品集。というか歩み。
時系列に沿った人形写真の合間に与勇輝の履歴やファンである著名人による随筆(再録中心)が挟まる。
作品作りの過程は圧巻。
与勇輝の人形への印象は、だいたい寄稿に言い尽くされてる。
「知っている誰かに似ている」「人形として生きている」「片足をあげても自立してる!」「一体一体に物語が感じられる」などなど。
そんなわけないのに、布の肌の下に骨と筋肉があって、自分の力で立っているように見える。
体や目鼻や小物や色や、すべてのバランスが良いからどの角度からみても魅力的だ。
大きい写真は良いなあ。
2012年04月30日
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絵・詩・写真
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読み終わった
(2012年05月02日)
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どこまでが現実だかわからなくなるような短編集。
真面目な人の語りの中のズレのようなおかしみ……かと思いきや真顔で大法螺を吹かれたような。
わりと意味がわからないけれどなぜだか面白い。飄々とした皮肉。
自分に知識がないせいで、どこまでが本当かわからない。(英語やベトナムや歴史や文化について)
著者略歴に惑わされて、どこまでが本当かわからない。(ベトナム人の「私」にはどこまで著者の経験が反映されているのか)
一人称で描かれるから、どこまでが本当かわからない。(おかしいのは「私」なのか他者なのか)
嘘と真実をとっぱらって物語をそのまま読めば、夢とうつつをフラフラと楽しめる。
2012年04月30日
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小説/翻訳
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読み終わった
(2012年04月30日)
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旧東ドイツ出身の青年が見た北朝鮮。
社会主義体制を知る著者は「他の外国人」のように北朝鮮を完全な異物としては見ない。
子供の頃に知っていた世界との共通項を感じ取る。
著者の書き方は問答無用で全否定する「西側」の語りとは違う。
重んじられているものをある程度理解した他者の視線で、賞賛も否定も頭ごなしではない。
東独というものさしで北朝鮮を読むと同時に、北朝鮮というものさしで東独を読み直す自分の記録でもある。
旧東独出身の著者には全体主義という共有部分がある。
しかし同僚の韓国人がアリランに感じたものは共有できない。
社会体制の類似と文化の相違をみて、読んでいる私は文化の類似と社会体制の相違について思いをめぐらすことができる。
我が身に降りかかることを自分で決めていいという発想がなかったり、目の前に見える豊かな暮らしを自分と完全に切り離した世界として享受できてしまう(遠すぎて比較対象にならない)感覚が、たぶんその状況になったらあっさりなじめてしまうんだろうと思えて怖かった。
そういう、地続きの部分に気づかせてくれた。
2012年04月28日
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ルポ・ノンフィクション
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読み終わった
(2012年04月29日)
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1942年パリで起きたフランス警察によるユダヤ人一斉検挙(ヴェルディヴ:Vel' d'Hiv Roundup)を軸に、それを体験した少女と、60年後に取材を始めた在仏アメリカ人女性ジャーナリストを描いた小説。
