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小さな庭
レビュー by 樹さん
人生で初めて、好きな作家にドストエフスキーをあげる人と出会った。
本を嗜むものでドストエフスキーを知らない人間はいないだろう。
そんな奴はモグリだ。
こう言いきらせてもらうが、ドスト先生に手を出したことが私はない。
いや、家にカラマーゾフあるんだけど、いつも一巻の途中で挫折してしまう。
名前がにがてなのだ。あまたある西洋人の名前の中でもロシア人の名前ほど日本人に覚えにくいものはないと私は思う。
そんな言い訳を準備して、いつも本好きの人とのドスト先生の会話はかわしてきた。
そんな準備をしなくてもカラマーゾフの一巻は数ある古典小説の中でもトップレベルの難所として有名なのだが、難所といえども自分らしい言い訳は用意しておきたいタイプなのだ。
そんな私が今回人生で初めてドスト先生を好きだと言う人物に遭遇した。
ちょっと前に光文社文芸文庫版のカラマーゾフが流行ったときに、澄まし顔で最近読んだ書籍にこの本をあげる人間に出会ったことが何度かあった。
私には古典書籍の名前が出ると調子に乗るクセがある。
その残念なスイッチにより、『カラマーゾフ』と口にした人に、本に関するあれやこれやの質問を根掘り葉掘り相手に投げてしまい、まぁかみ合う訳もなく、手痛い目にあったことが何度かあった。
読書友達ってほしいものなのだ。しかしうまくいった試しがあまり無い。
さすがに学習した。ドストエフスキーはいわば鬼門。さっきは包み隠して言ったが、そういった知的だぜ、アピールの材料にされていたのだ。だから、今回も勿論用心したのだが、いやはや出だしからちょっと違った。
きっかけはマゾの話。それがマッゾッホ、ひいては「毛皮を着たヴィーナス」に話が広がったのだ。
驚いたと言うよりひいた。酒の席で話す内容じゃないだろ。サドの話あげなかっただけマシだけど、でもその後も無垢な瞳をした女子に件の本の説明をしているのを横で見ていて呆れた。私も本の話で調子に乗ってこんな滑稽な姿見せているときがあるのだろう、と。
読書家って、個人プレーだから相容れないくせにハナシタガリーノな自己顕示欲が強い人間がけっこう多いのだ。
とはいえ、本好きを自称する存在の末席を汚している身分としては、やっぱり気になる。
同じく古典教養小説の代表格である「魔の山」の作者:マンが好き、と言う人は何人かであったことがあるが、ドスト先生はとんと聞かん。あのとっつきにくさならば仕方がないだろうが、そのとっつきにくさも対して戦わずの感想だ。果たしてこのまま避けて通っていいのかと、自問自答。
知らない奴はモグリだが、読んでない奴はニセモノになるだろう。
ものは試し、である。
9割弱ぐらい気がすすまなかったのだが、意地になってみた。
安吾にあやかって「白痴」にしようかとおもったのだが、ドスト好きのアドバイスは二択「カラマーゾフの兄弟」or「罪と罰」。
やだ、何この二択。
選びようもなく後者と相成った。
しかし用心して、おそらく一番やさしいであろうあの光文社古典新訳文庫版である。
前置きが長くなったが、はてさてどうだったか。
カラマーゾフまでとはいかんでも全3巻、9月くらいまでかかるやもしれないと思ったが、いやいやそんな時間はかからん。
驚いたよ、久しぶりの目からウロコのおもしろさ。
ドストエフスキーを知らない奴は、確かにモグリ。
では読んでない奴はニセモノ、というより損している。
まさしくその通りだ。私は損していた。
驚いた。ただ娯楽小説的におもしろい、と言うのではなく緻密で精巧な文学作品でもあるのだ。
うまいのだ、囲い込み方が、運びが、その選択が、用意が、驚いた。
と、ここまで書いておいて、ここからさらに一巻の中身について掘り下げるのはよしておこうと思う。
残り2冊もあるし、どう転ぶかは正直まだわからん。
とりあえずきっかけを1冊目の感想文に記載しておく形で今回はお開き。
目から鱗のドスト先生、これが最後まで続けばいいが、はてさて。
レビュー登録日 : 2011年07月09日
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