マンガホニャララ

  • 文藝春秋 (2010年5月27日発売)
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本棚登録 : 240
感想 : 40

2位

世の中には二種類の人間がいる。藤子不二雄に快楽を感じる人と、感じない人だ。
これはいい悪いの問題ではない。感じなければどうしようもないのである。

たとえば夏目房之介はドラえもんの「目の位置の高さ」に目をつけて
その保護者性を見事に指摘してみせた具眼の士だが、
ドラを読んで快楽などは感じていない。
たとえば呉智英は『劇画 毛沢東伝』にすばらしい解説を書き、『ドラえもん』を
「少年マンガの最高傑作であり、これを超えるものは当分出ないであろう」
と評したが、彼も感じていない。
たとえば米沢嘉博は『藤子不二雄論』という大部の長編評論を書いたが、これまた感じていない。

なぜ「感じていない」などと勝手に決めつけるのか、と言われると、
なんとなく伝わってくるから、としか答えられない。
(ごめんね、理不尽で)

もちろん、感じないからその藤子不二雄論が駄目なのではない。
しかし、感じる人の藤子論だったらうれしくなる。
それだけでひいきしたくなる。
ブルボン小林『マンガホニャララ』はそういう本だ。

それは表紙がハットリくんだからというだけではない。
第一章のエピグラフがもうすでに「わかっている」のだ!

「きみ、れいせいにおちつきなさい。
 ドイツというのは外国だよ。
 外国というのは新宿より遠いんだよ」

『ドラえもん』てんとう虫コミックス12巻のトリを飾る大作
「ゆうれい城へひっこし」の一節。

そう、そう、この感じ!
この台詞回しこそ藤子漫画ならではの魅力なのだ。

れいせいにおちつく、という「馬から落ちて落馬して」系のおかしみ(ギャグというほどではない)、
間違ってはいないけどどこかまぬけな三段論法
(私は福岡県民なので、新宿に行くより韓国に行く方が近いなあ、なんて思ったりした)、
そして相手を「きみ」と呼ぶ独特の距離感。

これは藤子・F・不二雄らしさを凝縮したセリフなのだ。
この引用だけでもう私は同志を発見した気分になる。

この人はまちがいなく藤子不二雄に快楽を感じているのだ。
これを発見と言わずしてなんと言おう?

スネ夫の数々の自慢を集積・分類した上で、
連載が進むにつれてただの物欲が「余裕」自慢へと
変化してゆくことを指摘した論考などまことに鋭いし、
藤子・F・不二雄が「死ぬ」ことよりも「消える」ことにこだわった点をとりあげて、
それを「モダンな寓意」と呼ぶセンスには脱帽してしまう。

とはいっても全てに同意できるわけではなく、
『モジャ公』をほめるあまり『21エモン』より『モジャ公』の方がおもしろいとか
『21エモン』は物語が停滞しているだとか言うのには、口をとがらせて反論したい。
エモン君は停滞なんかしてない!いつだって光り輝いているんだ!

しかし「ぐっとくる『ドラえもん』の題名」には
「やられた!」と思ってしまった。私も同じことを考えていたのだ。
『ドラえもん』のサブタイトルはいろんな意味で面白いのだけど、
特に「ためしにさようなら」という、このあまりにもドライな題名!
強烈な印象を受けたのは私だけじゃなかったんだなあ、としみじみする。

著者はほんわかと脱力してみせているけど、実際はそうとう頑固な人なのだろうと思う。
評判になったマンガは何年かたつまで読まないようにしていると言っているし、
「このマンガがすごい!」で一票も入らなかった
マニアックな(しかしおもしろい)マンガを毎年選定している。

この本はマンガエッセイと銘打たれているが、そのあたりにも意地を感じる。
真面目ぶって評論を目指したりなんかしないもんね、という意地だ。
たとえばオノ・ナツメを語る際に、自分の部屋に女友達が訪ねてくるエピソードを持ち出す。
ブルボンはもっと俗っぽいマンガを薦めていたのに、
彼女は結局オノ・ナツメのお洒落なコミックを読みふけってしまう。
こんな風にして、彼はマンガを読む時間(それはぐうたらと過ごす時間だったり、
しょぼい時間だったり、なんだか抜けてる時間だったりする)を共有してゆく。
人間のせせこましさを決して忘れないところも、
ああ、藤子不二雄の徒だなあ、と感じる。

それにしても裏表紙の「読書するハットリくん」はほのぼのとかわいい。
中表紙の、本屋のじいさんもいい味出してる。
そして、ブルボン小林像(もちろん藤子不二雄A作!)の
抜け作具合のすばらしさといったら!

さあ、私もマンガを読もう。もちろん、藤子不二雄のマンガを!

読書状況:未設定 公開設定:公開
カテゴリ: 2010年ノンフィクションベスト10
感想投稿日 : 2013年2月17日
本棚登録日 : 2011年12月30日

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