英語の害毒 (新潮新書)

著者 :
  • 新潮社 (2015年6月17日発売)
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 この本には「英語ムラ」という言葉が出てきますが、日本の英語学習を取り巻く構造は、「原子力ムラ」に大変よく似ていると思います。この国の英語教育の最大の問題点は、教育とは無縁の者が、己の利となるよう思いついた案を、英語を真剣に学んだことなどない権力者が言われるままに採用し、それが教育現場で強力な強制力を発揮していることにあります。その結果、英語教育は急速に、教育ではないものに変容してしまっています。
 戦争と平和、環境問題等、しっかり考えるべき重い話題の課ですら、「質問ゲーム」等で、軽く、楽しく扱われることが奨励され、こうした題材には別の教え方が相応しいかもしれないといった発想自体、授業者は持てなくなるようにされています。同じく言語の教科書である「現代文」の、例えば夏目漱石の「こころ」を、こんな風に教えることなどありえないでしょう。
 こうした状況のもと、読むに値する文章は教科書から減っていき、教科書は内容、量とも、薄っぺらなものになってしまっています。その結果、英語とは楽しくなければいけない、或いは、利益を生むためのものといった狭く歪んだ言語感が、隠れたメッセージとして学ぶ側に伝わってしまい、それが拡散していきます。
 本書の最大の意義は、英語を取り巻くそうした構造を、データを用いて明らかにしたことです。本当に真剣に英語の学習に取り組み、現在も学習している者、教育の一環として英語の学習を捉えている者は皆、会話重視、早期「教育」、外部試験偏重など、考える力、高度な英語力の養成、ともに期待できない現在の英語「教育」に危機感を抱き、なんとかしなければという思いを持っています。しかしそうした、現在の流れに異を唱える意見が、英語教員向けの研修会できちんと取り上げられ、まともに議論されることは、ほとんどありません。
 実情は、英語ムラの要請に沿った「模範授業」なるもののDVDが現場に配られ、多忙の中、それを視聴しないでいると、なぜ見ないのかと理由を問われ、教員は、英語ムラに沿った授業がどれだけできるかを日々測られています。
 本書にもそうした記述がありますが、大手メディアがほとんど信用できなくなっている現在、本当に誠実な意見は書籍でしか表明できなくなってきています。本書が、英語教育関係者のみならず、多くの人に読まれることを、心から願います。
 最後に、一見あまり関係ないようですが、「本当は憲法より大切な日米地位協定入門」(前泊博盛)、「ナガサキ 消えたもう一つの原爆ドーム」(高瀬毅)等との併読をお勧めします。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ノンフィクション 言語 英語教育
感想投稿日 : 2016年8月18日
読了日 : -
本棚登録日 : 2016年8月18日

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