野火(のび) (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (1954年5月4日発売)
3.75
  • (230)
  • (301)
  • (357)
  • (39)
  • (9)
本棚登録 : 3313
感想 : 344
5

 異国の島の情景や極限状態における心理描写が濃密に描写されていて、私の人生経験では到底消化しきれないものが詰め込まれているように感じた。

 美しく生命力に満ちた草木の中で、点々と転がる同胞の屍体。自分もやがてそこに行き着くのだという予感が、どれだけ人間性に影響を与えるか。
 飢餓に苦しみ、人肉食いの欲求と抵抗を繰り返していくことによって、しだいに主人公の自我は分裂していく。人肉を食べようとする右手と、それを抑え込む左手。もはや自分の意志だけでは抑えきれなくなっても、神の存在を作り上げてまで彼は抵抗を続ける。

 しかしそんな、人肉を拒む平凡な良心を持つ男であっても、異常な状況に順応できてしまうのだ。結果的に彼は人を殺し、「猿肉」も食べてしまった。
 彼にとって、唯一残された人間性…自分の意志では人肉を食さなかった、という事実が、どれだけ救いだったのか。しかしそこに神の導きを見出そうとするラストの文章に、どことなく不安な気持ちを誘われるのはどうしてだろうか。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 一般小説
感想投稿日 : 2015年5月30日
読了日 : 2015年5月30日
本棚登録日 : 2015年5月30日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする