戦後、日本帝国海軍の幹部たちが秘かに集まって座談会を開いていた。日本はどうして戦争をし、なぜ敗けたのか?を語り合っていたという。それを記録した400時間分ものテープが残されていた。その告白をもとに遺族・関係者に取材したNHKディレクターたちの記録。
力作である。
帝国海軍がどのように開戦を決断し、なぜ自分たちは負けたのか。率直に語られる海軍幹部の証言は第一級の歴史資料だろう。
開戦・特攻・戦犯の内容で構成されている。
正直知らないことが多かった。
海軍軍令部の権力が拡大した背景には宮家の伏見宮博恭王の存在があった。伏見宮が軍令部の長となったことでその威光ゆえに誰も逆らえなくなり軍令部の力が強まったと。
開戦シナリオを描いた第一委員会や戦争を煽った政治将校石川信吾元少将の存在など興味深い記述も。
それよりも驚くのは海軍が戦争決意を迫った理由が予算獲得のためだということ。軍人であってもヒト、モノ、カネを取れる人が出世する。(これはいまの官僚と同じ)予算を獲得するには、軍事衝突の危機を煽ること。予算獲得に夢中になるあまり、本来の役割である作戦立案がおざなりになり何事も場当たり的な対応で戦略を欠く結果となった。。作戦実行の決め手となったのは軍事目的からでなく海軍内部の人事関係だったという件なんか読むと海軍善玉論など神話でしかないことがわかる。
読んでて悲しくなるのが特攻作戦。戦域が拡大しつつも戦況が行き詰っていたことが特攻作戦を生み出す背景の一つであった。特攻を誰が、なぜ考え出したのか?をディレクターたちは丹念にテープを聴き取り、取材し調査していく。
その過程で軍令部第一部長・中澤佑中将。その部下・源田実元大佐。そして軍令部第二部(兵器化開発)部長・黒島亀人元少将(黒島少将は連合艦隊司令長官・山本五十六の下で作戦を立案した参謀だった)など特攻作戦に関わりがあった海軍幹部たちの名が登場する。特攻作戦は現場の指揮官や兵士たちの熱意によって考案されたのではなく軍組織の指令と関与が深くあったことを取材者たちは突き止めている。
本書は決して特攻作戦の犯人探しや厳しい戦争責任追及のトーンでは書かれていない。が、今後戦争責任を考える際に参照すべき人物たちの名であることは間違いないだろう。
そして敗戦後、戦犯裁判対策に苦心する海軍の様子は悲しいの一言。
証言が矛盾しないように組織ぐるみで口裏合わせと証拠隠滅していた実態。
潜水艦事件(潜水艦が連合国の商船を攻撃していた犯罪行為、軍中央は関与否定)やスラバヤ事件(インドネシアのスラバヤで発生した捕虜の処刑。軍司令部からの命令があったが、現場で指揮した篠原大佐が独断で行ったものとされ、大佐ひとりが死刑となった事件)など組織を守るために行われた非道な事例に言葉を失った。東京裁判で死刑判決を受けた海軍幹部はゼロ。だが、BC級戦犯として処刑された海軍将兵は200名にのぼる。
明らかにされていなかった昭和海軍の歴史を発掘するとともに現代に通じる教訓をも引き出している。おそらく本書の貫くテーマは「組織と個人」だろう。開戦において、特攻を考案した経緯で、戦犯処理における過程で、「組織と個人」の問題が浮き彫りにされる。それは現在の企業社会にも通じることだ。
間違いであるとわかっても止めることができないやましき沈黙。
空気に呑まれること。やめる勇気と決断力のなさ。組織内のセクショナリズム。トップの人間に戦略がない。あるのは保身と無責任。危機の際は組織は防衛意識が強くなる。そして責任を負い、犠牲を払うのは現場にいる人たち。僕は本書を組織論の視点から読んだが、取材ディレクターたちも「組織と個人」というテーマを浮き彫りにする形で番組を制作していることがわかる。ほんと身につまされる内容なんだよね・・・。
ただ複数の取材ディレクターがそれぞれの章を書いているので記述内容に重複部分があり読みにくいところがある。そもそも日本帝国海軍の歴史についての内容なのか、それを取材したNHKディレクターたちの取材記録なのか、視点とテーマをもっと絞って欲しかった。いいたいことは分かるんだけれどももっとコンパクトにまとめられたのでは?
この点を曖昧なまま書き進められた印象があり残念だ。
- 感想投稿日 : 2012年8月10日
- 本棚登録日 : 2012年1月17日
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