夢の栓

著者 :
  • 幻戯書房 (2012年7月31日発売)
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感想 : 3
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青来有一はどうしようもなく長崎という土地に繋がっている作家であると、思う。それはすなわち信仰ということに行き当たるということでもある。もちろん長崎における信仰は、歴史の中で起きた「宗教」的問題と切り離せないとも思うけれど、青来有一の場合、信仰はただ信心の問題に還元されるように常々感じてもいた。その思いをこの「夢の栓」を読んで強くする。

全ての信仰が来世を確約する教えと結びついているとは限らないけれど、青来有一の描き出す信仰心には来世に対する期待などというものよりも、この世の生に対する、ぶつけようのない怒り、あるいは諦め、のようなものが色濃く底流にながれていように思う。それはしばしば、死というものと向き合わざるを得ない状況に自らを追い込んしまうものでもあるようにも思うのだ。

そんな青来有一をやんわりと意識しながら読み進めていると、境の曖昧だった生と死は、いつの間にか、現と夢という関係に変化していることに気づく。もっとも、死と夢の違いはどこまでもはっきりとはせず、読み替えてみることもできはする。しかし夢は現に積極的に関与するかのようにもみえるので、それが死と夢の違いであるとすることもできる。その筈だが、実は、関与していると捉えるのは現実を生きている側の、ある意味勝手な捉え方であるとも見做すことができ、堂々巡りのようだけれども、やはり青来有一の描いているのは、生と死のあわいなのだなと思い返し、そこにどうしたって信仰が入り込むのだなと思ってみたりする。

そう思うと、書き下ろされた連作短篇の順番の意味するところもおぼろげながら見えてはくる。作者のあとがきにあるようにこれを長篇小説と思って読み進めると解りにくいものが、一章毎に区切られたものと捉え直すことで、少し解り易くなる。ああ、元々青来有一はこんなまとまり方のある文章を書く一人であったな、と腑に落ちた気分がする。

夢とはなんなのか。現とどこが違うのか。物事を突き詰めようとすると苦しくなることが多いけれど、その問いはどこまで行っても宙に浮いたままの状態を保つ。その状況を嫌って更に踏み込んでみようとしても、夢は現とするりと入れ替わるだけである。それを十分に意識しながらこの生をいきること、その意味を青来有一は問い掛けているのだろうと思う。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2013年8月8日
読了日 : -
本棚登録日 : 2013年8月8日

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