すぐそばにある「貧困」

著者 :
  • ポプラ社 (2015年9月8日発売)
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生活保護をめぐる問題や子供の貧困。ニュースは日々あれこれと耳にするけど、「貧困」って具体的にどういう状態なのか? 
生活困窮者の自立サポートを目的とするNPO法人「もやい」理事長が、支援に携わるまでの自らの道のり、そして実際にサポートした人たちの事例を綴る1冊である。

肩書は理事長だが、1987年生まれ、20代の若者である。しかもどちらかというと、信念に燃えた熱血漢というわけではなく、ごくフツーの青年のように感じられる。
不登校で町をふらふらしていた高校時代、著者はホームレスの人たちに親切にしてもらったことがあり、そのときのことがどこか、心に引っかかっていた。高校卒業後、フリーターとして働く中、友人に誘われて参加した炊き出しをきっかけに、徐々に支援の世界に深く足を踏み入れていくことになる。

著者が携わる「もやい」の仕事の中心は、生活困窮状態にある人の相談に乗り、行政との橋渡しを務め、自立生活を送れるように支援することである。夜回りのパトロールをしてホームレスの人たちに声を掛け、相談会を開いて個別の事情を聞き、生活保護の申請に同行する。時間も不規則だし、ときには困窮者が緊急的に宿泊する際の代金を肩代わりすることもある、いってみれば、割に合わない仕事である。

貧困者とひと言で言っても、なぜ支援を必要とするほど困窮したか、その原因は人それぞれだ。
父親からのDVに遭って家を飛び出してきた若者。老親の介護のために退職した後、自身も病気に倒れた人。精神疾患を持つ家族に暴力を受け、心身のバランスを崩した人。暴力団から一度抜け出て再起を図ったが、淋しさからまた元の世界に舞い戻ってしまった人。
そうしたそれぞれの状況に合わせ、一方でまた、行政の側の事情に合わせて、適切な支援を引き出し、当てはめていくためには、双方を知る仲介役が必要になってくる。

深刻な問題ではあるが、著者はこうした事例を、非常に読みやすく、わかりやすくまとめている。貧困者という名札の向こう側に、血の通った人の姿が見えてくる。支援対象者・行政・著者のそれぞれの視点を丁寧に記すことで、まるで短編小説のように、支援対象者の来し方や現状が描き出される。
合間に挟まれる貧困者を巡るデータもわかりやすい。
読み進むにつれて、貧困を取り巻く日本の「今」が、徐々に浮かび上がってくる。

人が貧困に陥る場合、多くは複合的な要因が絡む。身体の病気、過労、DV、借金、依存症、孤立。1つの問題は、往々にして、別の問題の芽となっていく。複数の問題が複雑に絡み合った場合、1つの問題を解決すればよいというものではなくなる。
ひとたび貧困に陥ったら、抜け出すことはそう簡単ではない。一方で、貧困への入口そう
狭くない。本書の事例はそれを物語る。

困窮者のための支援として生活保護があるわけだが、不正支給に対するバッシングに代表されるように、世間の目は厳しい。だが現場に関わる人の感覚としては、不正受給の率は、ゼロではないが、相当に低いというのが実感であるという。

全般に、高みから見下ろして糾弾したり、批判したりという色合いがない。
義憤がないわけではない。問題があると感じてはいる。が、拳を振り上げて闘うというよりも、今現在、困っている人に寄り添い、ともに考える姿勢がある。
そこにはこれが「他人事」ではないという実感がある。同時に、この問題がいつか解決されるはずだという静かな希望もある。
貧困を考えるさまざまな視点をくれる1冊である。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ノンフィクション
感想投稿日 : 2015年12月3日
読了日 : 2015年12月3日
本棚登録日 : 2015年12月3日

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