さよならの扉

著者 :
  • 中央公論新社 (2009年3月1日発売)
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感想 : 39

昨晩は、台風接近で、雨がひどくなってきたので、手話サークルも早じまい。雨だけでなく、風もすごくなってきて、帰ってきっちり窓は閉めたものの、ガタガタと窓がきしみ、障子までカタカタと鳴っていた。おとなしく早めに布団にもぐって、寝る前に読んだのは久々の平 安寿子(タイラ・アスコ)。

ついつい読んでしまってから、いっそう強くなったような風のイキオイを感じながら寝る。

両親や親戚の多くがガンで亡くなっていて、自分もガンで死ぬだろうと言っていた53歳の卓己(たくみ)が死のうとしている。母親が抗ガン剤治療で苦しんだので、そのときがきたら治療はしないということも以前から言っていた。

会社の定期健診も受けていたし、何かあっても早期発見できるだろうと思っていたのに、なかなか疲れがとれないと精密検査を受けたら、ガンだった。しかも余命半年の末期ガン。
最悪。と、卓己の妻・仁恵(ひとえ)は思う。

余命半年と告知された日の夜に、仁恵は卓己からメモを渡された。五年前からこの人とつきあっていたという女性・志生子(しおこ)の名と電話番号がかかれていた。「仁恵に隠したまま、逝きたくない。自分のことは赦さなくてもいいが、彼女のことは恨まないでやってほしい。自分は家族を捨てるつもりはなかったし、彼女もそのことは承知していた…」と卓己は語った。

「この状況で告白されたら、怒れないじゃない」と仁恵はぼそりと恨み言をいう。卓己に「ごめん」と抱きしめられて、(こんな身体で謝られたら、恨めないじゃない)と思う。

それから、ほぼ余命宣告どおりに、あっという間に卓己は死んでしまった。
いよいよ臨終というときに、仁恵は、公衆電話から、もう何度も見ておぼえてしまった番号にかけて、志生子に「卓己が、もう、ダメみたいです」と話す。公衆電話に手が張り付いたようで、集中治療室で息をひきる卓己のそばへ、仁恵は行けなかった。

この小説は、卓己が死んだあとの仁恵と志生子とのけったいな関係を描く。
ミボージン小説?かもしれない。

卓己の四十九日まで、すませなければならない行事の多さに仁恵はほとほとうんざりした。五月雨にやってくる弔問客の相手にも疲れてしまった。「お察しします」「つらいでしょうけど、頑張って」「できることがあったら、なんでも言って」という類の型にはまった追悼の言葉や物腰に辟易した。

立ち上がれないほど落ち込んでいるわけでもないし、してもらいたいことも別にない。強いて言えば、いちいち「ありがとう」と言わなければならないような押しつけがましい気遣いを、やめてほしい。

そんなことされたら、「健気なミボージン」をやらなければならない。

卓己が死んで、最初にかけた電話で、仁恵は志生子に「家に来て、直接会って話がしたい、卓己に手をあわせに来て」と、弔問を約束させた。仁恵は、志生子に電話をかけると、いつもとちがって、ハキハキとまくしたてることができる。かすかに優越感もおぼえる。「あなたのこと、憎んでないのよ」と志生子に言いながら、仁恵は、ときに居丈高になり、ときにあてこすりを言い、どこかで言い負かしている気持ちになる。

「奥様には申し訳ないことをしたと悔いております。どうお詫びをすればいいのか、わかりません。一生恨むとおっしゃるなら、それも仕方のないことだと思っております」と低姿勢でわびる志生子に、しかし、仁恵はこう言って迫る。

「わたしは、あなたと仲良くなりたいの」

ヘンに思うかもしれないけど、好きな人を亡くした私たちは似た者同士じゃない、この際なぐさめあうべきじゃない、あなたには私をなぐさめる義務があると思う、と仁恵はたたみかける。

「だからあ、友だちになりたいのよ」

話は、仁恵のがわと、志生子のがわと、両がわから交互に書きながらすすんでいく。

志生子は45歳までシングルを通した女だ。20代後半から30代前半までは、父方の祖父母の介護に追われていた。35歳でようやく二人を見送って、やっと経験した一人暮らしのすばらしさ!自分は「一人で生き生き」タイプだと悟った志生子にとって、卓己は"都合のいい男"だった。

「どんな男なら、都合がいいの」と卓己に問われて、志生子はこう並べた。
「何も要求しない。今すぐ会いたいとか、縛らせてくれとか、金貸せとか、そういうこと一切言わない。わたしとやったって、人に吹聴しない。わたしが自分に惚れ込んでいると思い込まない。で、わたしが会いたいと言ったときだけ、来てくれる。別れたいと言ったら、きれいに消えてくれる」

これって、男にとって望ましい女の裏返し。
時代がいくら変わっても、男の妄想に変化なし。
だったら、女が男に同じこと要求しても、いいんじゃない?

この小説はそんな仁恵と志生子とのけったいな関係を、読んでいてニヤニヤするようなベタベタ感で描き、笑わせる。おもしろかったなあ。

仁恵と志生子もオモロイが、仁恵の姉やら娘やら、あるいは志生子の父や母や兄が、しっかり脇をかためていて、このけったいな小説をもりあげる。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 図書館で借りた
感想投稿日 : 2009年10月22日
読了日 : 2009年10月8日
本棚登録日 : 2009年10月8日

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