家族の昭和

著者 :
  • 新潮社 (2008年5月1日発売)
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感想 : 8
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久々の関川夏央の新刊。と言っても今年の5月発行なので、発行から半年以上経過している。実際に購入したのも夏頃だったのであるが、なんだか読むのがもったいなくて(次にいつ新刊が発行になるのか分からないから)、これまでひっぱってきたが、とうとう読んでしまった。
この本に対する感想も色々とあるが、それよりも書かずにいられないのが、今回のタイの政治的騒動の話だ。僕自身バンコクに住んでいて、かつ、空港閉鎖時にシンガポールに出かけていたため、帰ってくるのが大変だったという影響を受けている。関川夏央の本とは全く関係がないのだけれども、一言書いておきたい。
まずクリアにしておきたいのは、今回の反政府運動、あるいは、反政府運動に反対する「親政府運動」とでも言うべきものが、とても大衆運動とは思えないということだ。反政府運動が自然発生的に起こったわけではないし、親政府運動も同じである。現在の首相および政治権力中枢にいるのはタクシン元首相の流れをくむ勢力であり、反政府運動をリードしているのは反タクシン勢力であるが、いずれもタイ社会からすれば、エリート層に属する人たちである。タクシン派が新興エリート、反タクシン派が守旧派エリートと一般的に位置づけられている。今回の騒動中の両派の活動は、どちらも一般大衆のVoluntaryな活動の結集ではない。要するに新旧の少数エリート層の権力争いだったとしか思えないのである。母数が少ないので何とも言えないのだけれども、私の周囲のタイ人で本件に熱くなっていた人は誰もいない。PADが首相府占拠を開始したのは8月下旬のことであり、既に3ケ月以上が経過しているが、それは大衆を巻き込んだ反政府運動には遂に発展しなかった。現地の新聞の世論調査等を見ても、あるいは、新聞の論調を見ても、タイ人一般は今回の騒動を「迷惑」と感じ、「お互いに話し合って早く解決して欲しい」と、すなわち、他人事だと思っている様子がありありと伝わってくるのである。
一方で今回の空港閉鎖による影響はけっこう大きいように思う。タイから出国できなかった、あるいは、タイに入国できずに迷惑を蒙った旅行者、空輸できなかった貨物、観光のハイシーズンに起こったことによる経済的影響。でも、何よりもタイという国の評判を大きく損ねた点が一番大きな損失だと思う。バンコクに住んでいれば、首相府および空港周辺以外の場所は全く安全なことは分かるのだけれども、外国のテレビニュースで繰り返し流れる暴力的な場面、あるいは、途方にくれた旅行者の様子を見れば、タイという国は安全でもなければ、安定的な国とも思えなくなるのではないか、と考えずにいられない。それはタイへの観光客を減らし、タイへの投資を減らすというマイナスの影響を及ぼすことになるのではないかと思う。
何が言いたいかというと、一部のパワーエリート層の権力争いにより国の評判が傷つき、結局、損失を受けるのはエリート層に属さない普通の人たち、という構図・構造である。程度の差はあれ、それは旧共産主義国家や、あるいは、昔の大日本帝国や現在の北朝鮮の構図・構造と相似形をなしていると言えるのではないだろうか。タイに仕事で頻繁に来るようになったのは数年前、実際に着任し生活と仕事の拠点をバンコクに持つようになってから数ヶ月。もともとタイは好きな国だったけれども、日常的にタイの人たちと接触しながら暮らすようになって、タイがより好きになっているだけに、今回の騒動は非常に残念だ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2008年12月3日
読了日 : 2008年12月2日
本棚登録日 : 2008年12月3日

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