ニジンスキー 神の道化

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  • 新書館 (1998年6月25日発売)
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感想 : 7
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随分前に「ニジンスキーの肖像」という舞台を観た。『ニジンスキーの手記』を
元にした舞台だが、バレエというより演劇に近いものだったと記憶する。

その舞台の劇中劇としてキーロフ・バレエのプリンシバルだったルジマトフが
「薔薇の精」や「牧神の午後」を踊っていた。

今でこそ暗黒舞踏や前衛舞踏は珍しくないが、20世紀初頭の舞踏界にあっては、
ニジンスキーの振り付けはそれまでのクラシック・バレエの概念を覆し、性的な
表現方法がわいせつだとされた。

本書ではニジンスキーが作り上げたバレエを詳しく検証しているので、バレエ史を
齧っていないと理解しかねる部分も多い。生憎、私もそこまで手が回っていない
ので、専門知識となるとついて行けぬところがある。

本書の元になったのが「ダンスマガジン」という雑誌の連載なので、致し方ない
のかも知れぬ。だが、ニジンスキーというひとりの舞踏家の評伝とするので
あれば、巻末にバレエ用語の解説があってもよかったかと思う。

尚、映像は一切残っていないニジンスキーではあるが「牧神の午後」については
詳細な舞踏譜が残されており、これを元にした再現が行われている。また、「春の
祭典」の再現についても非常に興味深い。

さて、ニジンスキーの悲劇である。本書では詳しい分析はしていないが、
思うにそれは愛への渇望ではなかったか。

幼い頃、父は妻子を捨て愛人の下へ走った。バレエ・リュスの主催者であり
愛人でもあったディアギレフは、ニジンスキーを愛しながらも別の若者にも
愛されることを望んだ。

ディアギレフとの溝が深まった頃、バレエ・リュスはアメリカ公演を行う。
プリンシバルとしてニジンスキーも出演する公演ではあったが、ディアギレフ
不在の船旅の途中でニジンスキーは唐突にダンサーのひとりと婚約・結婚
をする。

この結婚の報に接したディアギレフは激怒し、ニジンスキーを解雇する。
後に続く悲劇の引き金となったのは、この結婚ではなかったか。

妻となったロモラはひとりの人間としてのニジンスキーを愛したのでは
なかった。「天才ダンサー」としてのニジンスキーだけを愛したのでは
なかったか。

事実、心を病んだニジンスキーに4年も会いに行かなかったのだから。

孤独は人の心に思わぬ作用を及ぼす。ロシア語も通じない人々に囲まれ、
ひとりの人間として愛してくれる相手さえいない世界で、ニジンスキーは何を
望み、何を感じたのだろうか。

死の前日、ニジンスキーはベッドの上で薔薇の精のポーズを取っていた
という。心を病んで後、舞踏にも興味を示さなくなったニジンスキーでは
あったが、やはり彼には踊ることしかなかったのではないか。

ロンドンで息を引き取ったニジンスキーの遺骸はパリに運ばれ、今でも
モンマルトル墓地に眠っている。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 評伝
感想投稿日 : 2011年5月9日
読了日 : 2011年5月9日
本棚登録日 : 2011年5月9日

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