舞姫 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (1954年11月17日発売)
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本棚登録 : 903
感想 : 71
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「舞姫」とはいえ、波子の浮気がメインテーマのような川端康成らしい作品。同名の作品が別の多くの作家にみられるのは、何か伝統であろうか。

作品全体に、戦後まもない状態の日本が横たわっている。戦争に影響を受けた人々の悲劇でもある。妻の波子に頼って生きてきたらしい夫の矢木(本当にそうなのだろうか?)は、戦前と戦後の暮らしぶりの変化でより一層魔界の住人のようになって波子の魂を喰らう。それは波子や品子の描写の影で間接的に示されるか示されないか程度で忘れるぐらいだろう。波子は浮気相手であり真の愛情を抱く竹原になびくわけだが、それへの矢木の嫉妬も静かに醸成されていて、最後には一家四人である種の修羅場を迎える。その夜に、20数年の夫婦生活ではじめて波子は夫を拒むのだが、矢木はよくもまああそこまで言っておきながら誘えたものである。

川端康成でなければ、普通のドラマなら、波子と引退して廃人のようになった香山とが再び舞台で共演するようなエンディングまで描くだろう。そこには、香山(※男らしい)への品子の淡い憧れがかげって微妙な味わいになるかもしれない。また、そこまで想像してはじめてこの「舞姫」というタイトルの妥当性も感じられるのかもしれない。そうでなければ、ただたまたまバレーをやっている母子のいる浮気のドロドロした物語のようにしかならなそうだ。「舞姫」が完結するのは、かかれなかった結末まで射程に含まなければならない。しかし、川端康成がそこまで書いたとしても、香山と波子が舞台で共演するようにはならないだろう。野津と品子の線を追うかもしれない。あるいは、妻子がいる男のためにストリップ劇場でお金を稼ぐ友子の線を追うのか。

バレー、踊りがメインテーマではないので、それを期待すると、あまりに川端康成的なドロドロした人間関係が描かれているという作品。別にバレーではなくても良かったかもしれない。

ところで、始まりから竹原と波子の会話から始まる。何の説明もないままなので二人がなんのことを言っているのかわからない。何となく想像できるところとできないところがあるが、その隙間は読み進むうちにだんだん埋まっていく。このような会話表現にしてもそれ以外にしても、簡潔でくどくどしていない。重々しいことを描いているのに、質量が感じられない。幽霊なのかもしれないという印象は全作品を貫くらしい。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 日本の文学(近代以降)
感想投稿日 : 2013年9月10日
読了日 : 2013年9月10日
本棚登録日 : 2013年9月8日

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