鏡子という名前はほとんどないのだろうか。変換してもかなり後にならないと出て来ない。しかし、夏目漱石の妻が鏡子のようだから、昔はけっこういたのか。本書は鏡子の家にやって来る、4人の青年たちのドラマからなっている。それぞれには上り下りがありながら、からみあうことなく過ぎていく。チャンピョンになった夜、ボクサーはチンピラにからまれて、拳が握れなくなる。それに対する、友人の批評は辛辣だ。「どんな偶然にふりかかってくる奇禍であろうと、人間は自分の運命を選ぶものであって、自分に似合う着物を着、自分に似合う悲劇を招来する。」ニューヨークに赴任したその友人、新婚の妻にはたして愛されていたのか。「枕はポマードの油に汚れていて、その汚れがこんな鈍い光のために一そう汚く見える。汚れが汚れのままに照り映えてみえるのである。藤子はそこへ顔を伏せて接吻した。」母親の借金のため、肉体のみならず人格そのものを女に預けてしまう売れない俳優。エスカレートした性的欲求は最後には死をもたらす。芸術家の苦悩を経て神秘思想にのめり込んでいく画家の卵。「まだなんでしょう」と鏡子がなめらかな声で言った。「うん」と画家は赤くなったまま答えた。4人の青年の中で、鏡子と関係をもったのは、この画家だけだったのではないか。離婚した後の鏡子は他人の話を聞くばかりで、自分の行為には及んでいなかったようだ。最後に鏡子の家に別れた夫がもどって来る。そこで、鏡子の家に集まるメンバーは解散となる。だが、そのとき入ってきたのは大きな七匹の犬だった。最後の一瞬で空気が変わる。どうやら、本作品は海外で映画になっているようだ。けれど、日本では公開されていない。なぜなのか。鏡子はだれが演ずるのだろう。
- 感想投稿日 : 2016年9月15日
- 読了日 : 2021年11月7日
- 本棚登録日 : 2016年9月15日
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