〔エッセンシャル版〕マイケル・ポーターの競争戦略

制作 : マイケル・ポーター 
  • 早川書房 (2012年9月21日発売)
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感想 : 97
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ファイブフォースとバリューチェーンにより、経営に携わる人間で知らない人はいないマイケル・ポーター。ただ、それを知っていることと理解していることはまったく違うことだという重要なことを思い出させてくれる一冊だった。むしろ十分に理解しない人間こそ、それをさも知った顔をするのが虚構の常である。確かにポーターの理論は難しいし、『競争の戦略』も『競争優位の戦略』も軽く手を出すにはハードな論文であるが、このエッセンシャル版はこれら2冊の主張とその後の動きを十分に盛り込んだ現時点で最高のポーター本だと言えるでしょう。この本を読んで自分なりに理解したポーターの理論をまとめる。

■戦略とは
 一言で定義するなら、「好業績を持続的にもたらす優れた競争戦略」のことである。我が社の戦略は優れた人材ですとか、重要なM&Aを行うことですとかいったことは戦略ではない。なお、ポーターが扱う戦略とは事業における競争戦略であり、企業全体の戦略である企業戦略を指すのではない。

■競争優位とは
 一言で定義するなら、「企業が実行する活動の違いから生じる『相対的価格または相対的コストの違い』」である。我が社の競争優位は技術力ですとか、ブランド力ですとか、低コストですとかそういったことは競争優位ではない。ちなみに、ポーターは価格優位とコスト優位を明確に区別するため、差別化(differantiation)を価格優位に限定して定義していて、一般的に経営者がいう差別化(different)とは違う扱いをしている。

ゆえに、彼の述べる競争とは、最高を目指す競争ではなく、他社と異なる道筋を選ぶ相対的なポジションの問題である。つまり、競争の目的はシェアを高めることでも売上を拡大することでもなく、利益を上げることに他ならない。優れた戦略は業界平均を上回る業績をもたらす。このあたりの主張はブルーオーシャン戦略とも関係するし、クリステンセンの破壊的イノベーションとも関係する。

✕最高を目指す競争
 ・一位になる
 ・市場シェア重視
 ・「最高」の製品によって「最高の」顧客に対応する
 ・模倣による競争
 ・ゼロサム競争:誰も勝てない競争
◯独自性を目指す競争
 ・収益を高める
 ・利益重視
 ・ターゲット顧客の多様なニーズを満たす
 ・イノベーションによる競争
 ・プラスサム競争:複数の勝者、多くの土俵

重要なことは業界平均を上回る利益を持続することであり、「利益=価格−コスト」であるという構造から捉えると、競争優位とは「競合他社と比べて相対的に高い価格を要求できるか、相対的に低いコストで運営できるか、もしくはその両方」という結論に行き着く。ここで競争優位を解きほぐす2つのフレームワークが登場する。それがファイブフォースとバリューチェーンであり、前者は業界構造を捉えるものであり、後者は相対的なポジションを探るものである。

■ファイブフォース
 ・業界の収益性の決定要因を分析の焦点とする
 ・業界の平均的な価格とコストが分かる
■バリューチェーン
 ・活動における違いを分析の焦点とする
 ・相対的な価格とコストが分かる

ファイブフォースについては、よく誤解されているような、ただ業界が魅力的か否かを図る静動的なツールではない。業界構造を明らかにして、変化を能動的に予測するものである。なぜ業界構造がそこまで重要なのかというと、主に3つのポイントが挙げられる。
・どんなに異なる業界においても、競争要因は「既存企業同士の競争」「サプライヤーの交渉力」「買い手の交渉力」「新規参入者の脅威」「代替品・代替サービスの脅威」の5つである
・業界の収益性を決定するのは業界構造であり、規制の強さや製造業かサービス業かといった業態の違いではない
・技術や製品の移り変わりは早いが、業界構造とその収益性は非常に硬直的である
なお、同様に構造把握に使われるSWOT分析については、定性要因が大きく結局主観的になり裏付けが薄いことからポーターは否定している

バリューチェーンについては、よく誤解されているような、研究開発から販売・保守までの流れを左から右に並べるだけのものではない。バリューチェーンとは関連しあう活動の集合だということは知っていても、だから何なのかということは理解されていない。戦略を考える上では、マーケティングや物流といった職能で捉えるのは概念として広すぎるため、サプライチェーンの管理・営業部隊の運営・製品開発・配送などなど「活動」で捉える必要がある。バリューチェーンとは企業を戦略的に意味のある活動に分解するツールであり、競争優位の源泉(つまり、価格引き上げかコスト引き下げ)をもたらす特定の活動に焦点を当てる。これにより、一つ一つの活動が単なるコストではなく、最終製品・サービスに何らかの価値を加えるべき段階として捉えられるようになった。


こうした前提をもとに、競争優位を分析していくが、分析の手順は大きく分けて「まず定量化し、次いで分解する」となる。
<定量化>
収益性は一時的な要因に左右されるため、過去5〜10年程度の長期的なスパンで分析する。(業界によって収益構造は異なるため、分析すべき期間も異なる。サービス業の回収は早く、製造業は遅いなど)
これによって、業界の問題と自社の問題かを切り分けることができる。業界構造に影響を及ぼす要因と相対的ポジションを左右する要因はまったくの別物である。
1. 自社の各事業の収益性は経済全体の平均(例えば全企業の株主資本利益率)に比べ高いか低いか
2. 自社の業績は業界平均と比べて高いか低いか
<分解>
自社の問題だと分かった場合、要因に分解する。優れた戦略を持つ企業は、戦略を損益計算書に結びつけることができる。
3. 自社の業績が業界平均を上回る/下回るのはなぜか?相対的価格と相対的コストに分解する
4. 相対的価格と相対的コストをさらに分解する
 ・価格:特定の製品ライン?顧客?地理・地域?値引き?
 ・コスト:業務コスト(損益計算書)?資本運用(貸借対照表?)

では、競争優位を実現するためにはどうすればよいか。そこで出て来るのが「業務効果」であり、一般的に「実行(execution)」や「ベストプラクティス」と呼ばれるものと同じだ。企業が類似の活動を競合他社よりも優れて行う能力のことである。ただし、業務効果と戦略を混同してはいけない。業務効果を高めるだけでは堅牢な競争優位は得られない。業務効果はすぐに模倣され、持続しない。業務効果にかけては日本企業の右に出るものはいないが、業務効果での競争に囚われたせいで、最も優れた日本企業でさえも慢性的に低い収益性に悩まされていることが、ポーターがほとんんどの日本企業には戦略がないという所以である。

✕ライバルと同じ活動をより優れて行う
 ・同じニーズをより低いコストで満たす
 ・コスト優位性、ただし維持するのが困難
 ・最高を目指す競争、実行で勝負する
◯ライバルと異なる活動を行う
 ・異なるニーズを満たすか、同じニーズをより低いコストで満たす、またはその両方
 ・高価格か低コスト、またはその両方を維持
 ・独自性を目指す競争、戦略で勝負する


まとめると、優れた戦略を支えるのは5つの条件である。
1. 独自の価値提案
 自ら選んだ顧客層に特徴ある価値を適切な価格で提供しているか
2. 特別に調整されたバリューチェーン
 独自の価値提案を実現するのに最も適した一連の活動は、ライバル企業の行う活動と異なるか。なお、アウトソースの可否選択は慎重になるべきだ。ただの定型非定型といった作業難易度で分解するものではない。アウトソースすべきは、企業のポジションに合わせて意味のある調整ができない活動であり、戦略に合わせて特別に調整できる活動はアウトソースできない。
3. 競合企業とは異なるトレードオフ
 自社の価値を最も効率的、効果的に実現するために、やらないことをはっきり定めているか
4. バリューチェーン全体に渡る適合性
 自社が行う活動は、互いに価値を高めあっているか。つまり、「一貫性」「補完・補強」「代替」をもってバリューチェーン全体が相互に良好な依存をしているか。なお、優れた戦略がたった1つのコアコンピタンスから成り立つというのは大きな誤解である。業界の全企業がまったく同じコアコンピタンスを求めるのは誤りであるし、戦略がいくつかの独立した選択から生まれることもない。
5. 長期的な継続性
 組織が得意なことに磨きをかけ、活動の調整、トレードオフ、適合性を促すことができる十分な安定性が、戦略の核にあるか。ここでは柔軟性との関係も重要だ。どんな素晴らしい戦略も特に詳しいまたは具体的な将来予測をもとにしていることはまずない。不確実な時代において戦略が将来予測の上に成り立つということは誤りである。といえども、柔軟であればよいというものでもない。柔軟性を戦略の代わりにすげ替えた瞬間、戦略を失ったことと同じである。重要なのは、適切な契機をもって戦略変更を行うことだ。戦略変更が必要なタイミングは大きく3つある。
 ・顧客のニーズが変化するうちに、企業の価値提案が完全に時代遅れになるとき
 ・様々なイノベーションによって、戦略の基盤である重要なトレードオフが効力を失うとき
 ・技術や経営面でのブレークスルーが既存の価値提案を完全にだめにするとき

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2017年1月8日
読了日 : 2017年1月8日
本棚登録日 : 2017年1月8日

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