カラマーゾフの兄弟〈上〉 (新潮文庫)

  • 新潮社 (1978年7月20日発売)
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2015.12.02
物欲の権化のような父フョードル・カラマーゾフの血を、それぞれ相異なりながらも色濃く引いたさんにんの兄弟。放蕩無頼な情熱漢ドミートリイ、冷徹な知性人イワン、敬虔な修道者で物語の主人公であるアリョーシャ。そして、フョードルの私生児と噂されるスメルジャコフ。これらの人物の交錯が作り出す愛憎の地獄図絵の中に、神と人間という根本問題を据え置いた世界文学屈指の名作。(裏表紙より)

以前、光文社文庫で読み、約半年ぶりに再読。こちらの訳の方が段違いにわかりやすくてびっくり。あらためてこの小説は実に多彩な顔を持っているなと思う。度々、カラマーゾフ的なと形容される何かを、カラマーゾフ家の皆様は持っていると語られるが、それはまさに、人間の情欲というか、欲望というか、人生への渇望というものだろう。フョードルは物欲や性欲もそうだが、何より自分のそのような本性にあまりに正直かつ不器用なため、それらを隠すというか、そのような獣的本性を抑えられないが一方で人間社会で生きるために、仮面を被り、道化になる道を選んだのではないか。一方でようやって装わなければ自らを受け入れてくれない世界に対する反感も持っているように思われる。ドミートリイはこの強い欲望の現れ方という点では父に最も似ているように感じる。直情的で、自分の情欲をコントロールできず、しかし教養はなくとも理性や良心、名誉心はあることが、まさに彼の存在の悲劇である。カテリーナとグルーシェニカを巡るドミートリイの苦悶はまさに、自らの欲情と、良心の呵責による引き裂かれである。イワンは第5編プロとコントラにあるように、世の中をよく見れる目とそれらから真実を紡ぎ出そうといる頭を持つが故の、思想家のもつ苦悩を持つ。神は信じれても、神の作ったこの世界を認めることはできない。彼のは非常に、人間的というか、人生かくあるべし、世界かくあるべしという理想と、現実は人間時に残虐極まり、罪なき子供は大人に引き千切られるという、この理想と現実のギャップに苦しんでいるのではないか。苦しむあたり、彼は理想を捨てられないんだろうな。現実を現実と受け止め、諦めることができないのだろう。アリョーシャは、より理想に近づいて生きているという印象を受ける。しかし彼はこの、苦しみの人々の真ん中に立つ主人公である。いろんな人々が彼のことを好きなのは、彼の中に人間存在の理想型を見出しているからではないだろうか。情欲に振り回されることもなく、神という理想に仕える。彼からはあまり、動物的な欲情は感じられない。しかし、強く人間の理想を希求してやまない、世界の幸福を願ってやまない、その強さに、カラマーゾフ的なものは宿っていると言えるのかもしれない。カラマーゾフ的なものとは、現れ方は異なるが、それは自らの生に対する、人並み外れた欲望ではないだろうか。ドミートリイは感情的に、イワンは知性的に、そしてアリョーシャは信仰的に、それらが現れている。またこれら兄弟以外の登場人物も魅力的で、カテリーナやスネギリョフの病的な興奮など、はっとさせられるものがある。人はプライドによってこんなにも自分を騙せるものだろうか。単純な理想と現実と対立による不幸というふうには、そんな公理には還元しがたい、人間の複雑さを垣間見るようである。様々な人間、様々な欲望と理想、そしてそれに対する様々な抵抗やもがきがある。対立が対立を呼びその呼ばれた対立によって生まれた対立が最初の対立を対立させるかよような複雑なわけのわからん欲望vs能力の物語である。なんでこんなにも複雑で、どこに解決があるのかも見えず、また解決があるにも関わらず内的な力(悪魔?)によってそれを選ぶことができない、そんな人間たちの生きる姿に、なぜこんなにも魅力を感じるのだろうか。抱えるものが複雑であればあるほど、救い難ければ難いほど、苦しめば苦しむほど、もがけばもがくほど、そんな人間に何か普遍的なものを感じるし、そんな姿に何か破滅的な、美のようなものすら感じる。ここには、人間の生の全てがあるように思う。誰もがカラマーゾフ的な何かを持っている。カラマーゾフとは人間のことではないだろうか。事実、肉的欲望に振り回され理性の介入の余地なき状態も、世界の不条理の認識からくる絶望と反逆も、隣人愛と善なる意志も、私は共感できるところがある。では私は私の"カラマーゾフ"と、この悪魔的なものと、どのように付き合っていこうか、そんなことも考えさせられる。人間を知りたければまずオススメしたい、世界的名作。思わず「人間...!!」という感想の出る作品です。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2015年12月2日
読了日 : 2015年12月2日
本棚登録日 : 2015年12月2日

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