千年の黙: 異本源氏物語

著者 :
  • 東京創元社 (2003年10月1日発売)
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感想 : 54
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「せんねんのしじま」 何て素敵な響きでしょう。題名はその本を読むかどうかというときの気分を、かなり左右します。この小説が鮎川哲也賞をとったときの題名は「異本・源氏 藤式部の書き侍りける物語」です。「千年の黙」の方がずっと良いと感じました。それに実はそのものずばりを表している題名なのです。読み終わるとこの題名の意味がとてもよくわかります。

『源氏物語を書いている紫式部の物語。

第一部でまだぽつぽつと源氏物語を書いている時に、ちょっとした日常の謎的な話が展開するが、これについてはこの物語の人物や背景を読者に分かってもらう為に書いたように思う。導入部にしては本の半分くらいを占めているが。

いよいよ第二部で、ある程度まとまった形になった源氏物語は、中宮様に献上される。そこから写しが作られ、世間に広まっていくのだ。そして気になることがおきる。時々物語の内容について、辻褄が合わないとか、よく分からないなどの話が伝わってくるようになる。書いた式部にはなぜそのような疑問がおこるのかが分からない。事実関係はきちんと書き込んだつもりなのに。
そして分かった事。世間に広まった写本には書いたはずの「かかやく日の宮」の巻が欠けている。11帖献上したはずなのに、なぜか10帖しか広まっていない。一体なぜこんなことが起こったのか?

この真相はとても重いものだった。しかし式部はそれを明らかにしようとはしなかった。式部はそれを乗り越え物語を書きつづけることで、なくなってしまった巻を補い、物語が評判になることで二度とそんなことが起きない道を選んだ。そしてまた巻の名前だけの物語を、今度は式部自身の手でつくりあげる。たった一人の人物のために。』

今まで源氏本をたくさん読みましたし、紫式部についても書かれたものも読んできました。でも今回これを読んで、式部のイメージはこれで固まってしまいました。物語を書いている喜び苦しみが伝わってきて、本当に式部のそばにいるようでした。
桐壺のあたりの内裏の描写は、今の研究でも、実際と違うのでたぶん式部は本当の事を知らなかったといわれています。だったら当時の人から批判がおきないはずがありません。その批判を受け止め、一生懸命知らない場所の取材をしようとしている様子など、身につまされます。
あてきの夫になった岩丸の名前が、義清だったのを読んでもう嬉しくなりました。義清のモデルはここにいたのね!って。端役ですが、源氏が須磨に隠棲したとき付いていった家臣の一人で、ちゃんと名前を呼んでもらってた人に義清がいたんですよ。
雀の子を逃がしたのはいぬきだったし。
本当は逆だけど、でもきっと身近な人でモデルになった人はたくさんいたんだろうと思えます。あんなにいっぱい登場人物がいるんだし。

物語とは直接関係がないのですが、時々出てきた実資が、愛すべき人物で気に入ってしまいました。私はこの人の日記は何かに引用されたものくらいしか読んだことはないのですが、すごくマメに記録をつけていた人ですよね。当時の貴族はみな子孫のために記録を残していたようですが、この方のものは今でもきちんと残っているほど資料として役立つものだったようです。その性格があの呟きによく出ていました。

「かかやく日の宮」については、私は以前からこの巻きの名前だけ、他のものと何となく違うので、やっぱりなかったんじゃないかと思ったりしていました。でもこの物語では、最後にそこのところまで含んだ展開になっていて、すごいと思いました。ともかく読んで良かったなあという話でした。

読書状況:未設定 公開設定:公開
カテゴリ: 時代小説
感想投稿日 : 2011年4月13日
本棚登録日 : 2011年4月13日

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