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  <title>林田力『東急不動産だまし売り裁判』の本棚</title> 
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  <description>『東急不動産だまし売り裁判』は東急不動産（販売代理・東急リバブル）から不利益事実を隠して問題物件をだまし売りされた一人の消費者（＝原告）が消費者契約法に基づき売買契約を取り消し、裁判（東急不動産消費者契約法違反訴訟、東京地裁平成18年8月30日判決、平成17年（ワ）3018号）で売買代金を取り戻した闘いの記録。</description> 
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<item rdf:about="http://booklog.jp/users/tokyufubai/archives/4479771751"> 
  <title>権力のつかみ方　～人の心を虜にするJFK式「心理操作の魔術」～</title> 
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<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51-ccDnRsuL._SL160_.jpg" /><p>内藤誼人『権力のつかみ方　～人の心を虜にするJFK式「心理操作の魔術」～』（大和書房）は、ケネディ大統領の言動を手本として支持されるリーダーになるための秘訣をまとめた書籍である。ケネディの言葉を紹介するが、ケネディの心理に踏み込むよりも、ケネディを導入部にして著者の哲学を全面に出している。ケネディは……と言っているが、危険なので……がいいという箇所もあるほどである（１６４頁）。 

内容は「遠慮するな。厚かましくあれ」などの逆説的な見出しが並び、カバー裏には「あなたの人生観を根本から覆す『変革の書』」と紹介されている。しかし、内容は意外にも真っ当なものが多い。本書は権力をつかむためのハウツー本であり、望ましい権力者像を示すものではない。それ故に権力を悪用したい人物が本書を読んで権力者を目指すことにも使える。 

それでも本書の背後にある著者の道徳観念は健全である。たとえば遅刻をする人間への否定的評価は複数箇所で登場する。普段は仏様のような顔をしているという著者であるが、約束の時間を守らない人には怖い顔を見せ、怒鳴りつける（７０頁）また、口では綺麗事を語る人物でも遅刻癖があれば、その事実から、これっぽっちも価値がない人物と評価する（１１１頁）。 

本書の提言には相互に抵触しかねない内容もある。たとえば福島第一原発事故で情報隠しが批判された東京電力を反面教師として悪い情報は早く伝えるべきとする（１１２頁）。ところが、他の箇所では上手な嘘が付けるように日頃から準備しておくことを推奨する（１１８頁）。 

一方では「イヤな相手に、あえて好意的に接する」ことを勧める（３５頁）。他方で「苦手な人はどうしたって苦手である。そういう人と付き合うのに過剰なエネルギーを費やす必要はない」と述べる（１８４頁）。リーダーになる道は一つではない。本書は一つの考えだけが唯一絶対というような幼稚な愚かさとは無縁である。 

本書の「まわりからよく思われていない相手を切ると、それ以外の人からの評価を高めることにもつながる」（１８８頁）は私にも実感がある。しかも、切った相手は遅刻の常習者で、他人の迷惑を省みない人物であった。本書の価値観と合致する。その点もあって納得できる内容が多かった。（林田力）</p>]]>
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  <dc:date>2012-02-11T23:30:21+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>家計簿</dc:subject> 
  <dc:creator>林田力</dc:creator> 
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<item rdf:about="http://booklog.jp/users/tokyufubai/archives/4047157708"> 
  <title>機動戦士ガンダム　ＴＨＥ　ＯＲＩＧＩＮ　（２３）  めぐりあい宇宙編 (角川コミックス・エース 80-28)</title> 
  <link>http://booklog.jp/users/tokyufubai/archives/4047157708</link> 
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<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51wC2Q4QjNL._SL160_.jpg" /><p>安彦良和『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』第23巻「めぐりあい宇宙編」は最終巻である。『THE ORIGIN』ではアニメと比べて政治的な背景を丁寧に描いている。アニメではキリシア・ザビがギレン・ザビを殺害して、あっさりと全権を掌握した。これに対して『THE ORIGIN』ではア・バオア・クーでキリシア派とギレン派に分かれて内戦を繰り広げる。それによってジオン・ダイクンの遺児であるセイラ・マスの出番も生まれる。 

伝統的なガンダムの世界観は現代人には受け入れがたい面がある。主人公アムロ・レイは大局的に見れば腐敗した連邦の歯車となっている。これに対して21世紀のガンダムである『機動戦士ガンダムSEED』では主人公は既存の権力に刃向かい、対立する何れの陣営にも属さない清々しさがある。その次の『機動戦士ガンダム00』では主人公達は使命感を持ったテロリスト集団である。 

これらに比べると初代ガンダムには組織の言いなりになる時代遅れ感が付きまとう。特殊日本的集団主義が健在であった昭和の作品である。この大枠は変わらないが、『THE ORIGIN』ではアムロとホワイトベースのクルー達という個人と仲間達の物語として上手にまとめた。連邦という社会悪は残り、世の中は変わらないが、それとは別次元の物語として成立している。（林田力）</p>]]>
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  <dc:date>2012-01-21T23:02:53+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>マンガ</dc:subject> 
  <dc:creator>林田力</dc:creator> 
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<item rdf:about="http://booklog.jp/users/tokyufubai/archives/4063845974"> 
  <title>FAIRY　TAIL（30） (講談社コミックス)</title> 
  <link>http://booklog.jp/users/tokyufubai/archives/4063845974</link> 
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<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51Bx5rcJifL._SL160_.jpg" /><p>『FAIRY TAIL』第30巻、バトル漫画の新機軸となる展開
『FAIRY TAIL』は真島ヒロが『週刊少年マガジン』(講談社)で連載中の魔法ファンタジー漫画である。第30巻では天狼島が終結し、物語に大きな変化が生じる。巻末で作者自身が述べているように物語の時間を進ませて、その間に主人公達がパワーアップしている展開は定番である。最近は尾田栄一郎の『ONE PIECE』がある。
しかし、主人公達だけが成長しないまま、時間を経過させる展開は珍しい。近いところで空知英秋『銀魂』のイボ編のように激変した世界や人物に驚く浦島太郎的展開はある。これのバトル漫画への適用は新機軸になる。バトル漫画は常に新しい強敵を必要とし、新たな敵は従来の敵よりも強くなければならない。主人公達はパワーアップせず、周囲の新たな強豪を成長させることで強さのインフレによる世界観の破綻を回避できる。（林田力）</p>]]>
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  <dc:date>2011-12-27T23:37:19+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>マンガ</dc:subject> 
  <dc:creator>林田力</dc:creator> 
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<item rdf:about="http://booklog.jp/users/tokyufubai/archives/4895443442"> 
  <title>とうほく妖怪図鑑 (んだんだブックス)</title> 
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<![CDATA[
<p>『とうほく妖怪図鑑』見開きで妖怪伝承を紹介
本書（山口敏太郎『とうほく妖怪図鑑』無明舎出版、2003年）は、東北の妖怪や伝承を地域別に紹介した書籍である。一つのテーマを見開き２頁で紹介しており、読みやすい。妖怪の出現が伝承された場所を紹介するため、観光案内にもなる。「戦争に行った鹿島さん」（16頁）や「八甲田山の兵士の怨霊伝説」（106頁）のように近代になってからの伝承もあり、妖怪が前近代の遺物ではないことを示している。実際、口裂け女のように現代の都市伝説も存在する。
本書は伝承に社会学的な分析を加えている点も特色である。たとえば「狐が嫁になりすます」怪談は共同体の秩序を見出す異人としての嫁への警戒感が反映されていると指摘する（33頁）。実際、現代でも相続紛争の泥沼化の原因として嫁の口出しが指摘される灰谷健司『相続の「落とし穴」　親の家をどう分ける？』角川SSコミュニケーションズ、2008年、58頁）。妖怪は現代に通じるテーマである。（林田力）</p>]]>
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  <dc:date>2011-12-23T09:55:43+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>エッセイ</dc:subject> 
  <dc:creator>林田力</dc:creator> 
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<item rdf:about="http://booklog.jp/users/tokyufubai/archives/4537128259"> 
  <title>大和の獅子 1巻 (ニチブンコミックス)</title> 
  <link>http://booklog.jp/users/tokyufubai/archives/4537128259</link> 
  <description>
<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51WukLLmnFL._SL160_.jpg" /><p>『風雲代議士剛腕秘書　大和の獅子』は鍋島雅治原作、渡辺みちお画の劇画である。切れ者の政治家秘書が政治家を衆議院議員に当選させ、総理大臣にするために奮闘する。切れ者の部下と抜けているところもある中年太りの親分の組み合わせは、同じ渡辺が作画した『白竜』と共通する。原作者は別人でありながら、構成が似通った点は興味深い。
『白竜』では何故、白竜ほどの人物が黒須組長の子分に甘んじているのか理由が明確ではない。これに対して『大和の獅子』では主人公が政治家に心服したエピソードが描かれている。政治家も決してクレバーではないが、大人物の片鱗を見せている。
『大和の獅子』には実在の政治家をモデルとしたキャラクターや実在の事件をモデルとしたエピソードも登場する。この点も暴力団の東急電鉄株買い占めなどを扱った『白竜』と類似する。但し、実在の事件をなぞり、暴力団のシノギに結びつける『白竜』に対し、『大和の獅子』は脚色が濃い。
弱者の痛みがわからないとの批判もある弁護士出身の政治家をモデルとした人物が阪神大震災の被災者であり、ボランティアの炊き出しへの感動を原点としている。また、尖閣諸島沖での海上保安庁の巡視船と中国漁船の衝突事件を連想するエピソードも日本と中国の立場が入れ替わっている。
登場人物には十五年戦争の従軍兵士も登場する。無謀な作戦を立案しながら、戦死者続出の結果に対して「想定外」との理由で責任回避する参謀への怒りは、福島第一原発事故の無責任さに通じるものがある。（林田力）</p>]]>
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  <dc:date>2011-12-22T23:05:29+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>マンガ</dc:subject> 
  <dc:creator>林田力</dc:creator> 
</item> 
<item rdf:about="http://booklog.jp/users/tokyufubai/archives/4091841317"> 
  <title>サンクチュアリ 1 (ビッグコミックススペシャル)</title> 
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  <description>
<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51drzLbn6YL._SL160_.jpg" /><p>少年時代にポルポト政権下のカンボジアで地獄の体験をした北条彰と浅見千秋。帰国した二人が見た祖国は閉塞感漂う高度経済成長期の日本だった。二人はヤクザと政治家になり、表社会と裏社会の双方から日本を変えていこうとする。二人が周囲の人々を変え、動かしていく展開が清々しい。(林田力)</p>]]>
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  <dc:date>2011-12-15T23:06:46+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>マンガ</dc:subject> 
  <dc:creator>林田力</dc:creator> 
</item> 
<item rdf:about="http://booklog.jp/users/tokyufubai/archives/4063845915"> 
  <title>進撃の巨人（6） (講談社コミックス)</title> 
  <link>http://booklog.jp/users/tokyufubai/archives/4063845915</link> 
  <description>
<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/516YTldXTIL._SL160_.jpg" /><p>『進撃の巨人』第6巻、組織への不信と信頼
諌山創が『別冊少年マガジン』(講談社)で連載中の人気マンガ『進撃の巨人』の第6巻が、12月9日に発売された。前巻までのギャグパートは影を潜め、襲いかかる巨人との緊迫した攻防が展開される。前半と後半で組織への不信と信頼が好対照に描かれた。
前半はアルミンやジャンらと女性型の巨人との対決である。アルミンは女性型巨人が知性を持つことに気付く。さらに索敵能力がズタズタにされ、撤退が定石である状況にもかかわらず、進軍を続ける兵団司令部への疑念も生じ始めた。
後半はエレンが中心になる。エレンの属する一隊は巨人に追われ、後続の兵士を援護することもなく、ひたすら逃走を続けよとの命令が下される。エレンは命令に従うべきか、巨人と戦うべきか選択を迫られる。エレンに求められたものは組織を信頼することであった。
これまで巨人は本能的に人間を襲う存在と捉えられてきたが、黒幕的な人間が背後で操っているのではないかという疑惑も生じた。サスペンスとしては面白くなったが、特定の人間による陰謀であるならば、敵は悪であっても、人間の論理が通じる相手になる。論理が通じないエイリアンとの生存を賭けたサバイバル物としての緊迫感は弱まった。どの方向に作品が進むのか注目である。(林田力)</p>]]>
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  <dc:date>2011-12-13T21:52:13+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>マンガ</dc:subject> 
  <dc:creator>林田力</dc:creator> 
</item> 
<item rdf:about="http://booklog.jp/users/tokyufubai/archives/4088703057"> 
  <title>トリコ 17 (ジャンプコミックス)</title> 
  <link>http://booklog.jp/users/tokyufubai/archives/4088703057</link> 
  <description>
<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/61hpQheTYvL._SL160_.jpg" /><p>『トリコ』第17巻、価値の多元性
島袋光年『トリコ』第17巻（集英社、2011年）は『週刊少年ジャンプ』連載のグルメ・アクション漫画である。『トリコ』は美食會という倒すべき強敵とグルメ界という目的地が明らかになり、物語の奥行きが広がった。しかし、この巻では将来の大冒険に備えた充電期間の色合いが濃く、一話完結のオムニバスも収録されている。その中でも「ビックリアップル」の話が面白い。これは驚かせるほど味が美味くなるという不思議なリンゴである。
『トリコ』の魅力は戦闘には足手まといなシェフの小松が冒険で重要な役回りを果たすところにある。力だけが全てではないという多元的な価値が描かれる。但し、最近では小松の活躍シーンが多く、小松が凄い人であるとのイメージが定着した感がある。これに対して「ビックリアップル」では小松はヘタレに徹している。このような姿があるからこそ、別のシーンでの小松の活躍が魅力的になる。少年マンガのキャラクターは通俗的には欠点とされるような属性を有する方が魅力的であり、それが教育的な効果をもたらす（林田力「空知英秋『銀魂』に見るゼロゼロ物件業者への対抗価値」PJニュース2011年11月4日）。
この話は美食会の暗躍というシリアス長編へのつながりを仄めかして読者を緊張させたものの、お笑いキャラが意外な能力を発揮する落ちで終わる。ここにも価値の多元性が現れている。</p>]]>
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  <dc:date>2011-12-09T22:11:27+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>マンガ</dc:subject> 
  <dc:creator>林田力</dc:creator> 
</item> 
<item rdf:about="http://booklog.jp/users/tokyufubai/archives/4088703022"> 
  <title>NARUTO―ナルト― 58 (ジャンプコミックス)</title> 
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<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/61rPaWupgaL._SL160_.jpg" /><p>岸本斉史『NARUTO-ナルト-』第58巻（集英社、2011年）は『週刊少年ジャンプ』連載の忍者アクション漫画である。薬師カブトは穢土転生の術によって、過去に死亡したキャラクターが敵になる。死者にとっては戦わされることが不本意で、自分の弱点や攻撃先を説明しながら戦うという奇妙な戦いが展開される。数多くのキャラクターが入り乱れての戦闘は間延びしがちであるが、風影の母の真実や、操られるだけで終わらないイタチの活躍など飽きさせない展開である。（林田力）</p>]]>
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  <dc:date>2011-12-08T22:36:32+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>マンガ</dc:subject> 
  <dc:creator>林田力</dc:creator> 
</item> 
<item rdf:about="http://booklog.jp/users/tokyufubai/archives/4140882603"> 
  <title>名ばかり管理職 (生活人新書)</title> 
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<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41iN5BiABVL._SL160_.jpg" /><p>本書（NHK「名ばかり管理職」取材班『名ばかり管理職』NHK出版、2008年）は社会問題になった名ばかり管理職を取り上げた力作である。名ばかり管理職は深い問題であるが、本記事では本書から感じた世代間格差について論じたい。

本書では前半で名ばかり管理職を経験した3人の実例を取り上げる。いずれも取材に基づくものであり、生々しい内容になっている。

第1章「若き「正社員」の悲劇」では過労で体を壊した二人の若者を取り上げる。

一人目は20代のコンビニ店長である（24頁）。過労で体調を崩し、休職を余儀なくされた。就職氷河期の世代でフリーター生活を続け、やっと採用された正社員がコンビニの店長職であった。

二人目は30代のファミレス店長である（44頁）。過労で倒れたまま、寝たきり状態が続き、両親が介護している。彼もアルバイト生活から、ようやく正社員になっている。

第2章「マクドナルド店長は管理職か」では40代のマクドナルド店長・高野廣志氏を取り上げる（64頁）。高野店長は残業代未払い分の支払いを求めて会社を提訴した。

第1章で取り上げた二人の若者と高野店長は対照的である。ここに世代間格差を感じてしまう。

二人の若者は正社員になること自体が困難な状況で、なんとか正社員になることができた。ようやくなれた正社員の地位を失いたくないという思いから必死で働き、そのために健康を害する結果となった。これに対し、高野氏は本書を読む限り、就職に苦労としたとの記述はない。

高野氏が入社したマクドナルドでは決算期に従業員の妻に現金がプレゼントされる「奥様ボーナス」や妻の誕生日に花を贈るなどの家族を大切にする姿勢を見せていた（66頁）。また、店長には地元企業と独自にタイアップするなどの独自の工夫を発揮できた（68頁）。しかし、その後、会社の方針が転換された。家族向けのサービスは廃止され、店長の独自の工夫も否定された。この頃から高野氏は過酷な長時間労働に陥ることになる（69頁）。

高野氏が残業の支払いを求めて提訴に至った背景には、会社が従業員を切り捨てる間違った方向に進んでいるという思いもあったのではないかと考える。人間は改善よりも、改悪への抵抗に力を発揮する生き物である。自由・平等・博愛の理念を打ち立てたフランス革命でさえ最初から変革を志向していたのではなく、発端は増税に対する抵抗であった。

これに対し、二人の若者は働き甲斐のある職場環境を経験していない。二人の若者はアルバイト経験から、いきなり名ばかり管理職になった。そのため、高野氏と異なり、名ばかり管理職の異常さを経験から認識することはできない。これが、体を壊すまで働いた二人の若者と、裁判闘争を進めた高野氏の差になっていると思われる。

日本の職場環境は、ある面では昔よりも過酷で異常な状況になってしまった。それにもかかわらず、異常さに目をつぶり、何も知らない若者を放り込むような状況は世代間の不正義である。それ故に高野氏の裁判闘争の意義は大きい。

高野氏は闘いを続ける理由として「ゆがんだままの働き方を子どもたちの世代に受け継がせないため」とも述べている（88頁）。現代日本には改悪された異常な状態だらけである。少しでもマシな社会を後の世代に引き継ぐために、高野氏に続く、今の世代の奮起を期待したい。</p>]]>
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  <dc:date>2011-12-06T22:49:09+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>住まいの貧困</dc:subject> 
  <dc:creator>林田力</dc:creator> 
</item> 
<item rdf:about="http://booklog.jp/users/tokyufubai/archives/4827550476"> 
  <title>相続の「落とし穴」―親の家をどう分ける? (角川SSC新書)</title> 
  <link>http://booklog.jp/users/tokyufubai/archives/4827550476</link> 
  <description>
<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/417e7qWNybL._SL160_.jpg" /><p>本書（灰谷健司『相続の「落とし穴」　親の家をどう分ける？』角川SSコミュニケーションズ、２００８年９月２５日発行）は相続問題をテーマとした新書である。人は一人で生きているわけではないのではない。どのような人にも両親は存在する。それにもかかわらず、「相続紛争なんて金持ちの話で、うちには関係ない」と考える人は少なくない。

それが誤解に過ぎないことを本書は明らかにする。著者の肩書きは三菱ＵＦＪ信託銀行財務コンサルタントであるが、相続対策に信託を勧めるという類の商売っ気はない。何故相続で紛争が起こりやすいのか、紛争を回避するためにはどうすればいいか、を分かりやすく説明する書籍である。

相続問題は多くの一般人に関係のある問題であり、「普通の家族の相続が危ない」との認識が本書の出発点である。実は「相続で揉めている人は意外に多い」（４８頁）。記者の祖母の相続も紛争になっている（林田力「相続紛争で、何でもありの弁護士交渉」オーマイニュース）。現在は相続持分の確認を求めた訴訟が東京地方裁判所に係属中である（平成20年（ワ）第23964号　土地共有持分確認等請求事件）。第3回口頭弁論が2009年2月5日午前10時から東京地方裁判所民事第712号法廷で開かれた。

相続で揉めている人が多いにもかかわらず、耳にすることが少ないのは「相続というのは究極のプライバシーなので、よほど親しい親戚や友人でも、なかなか立ち入った話をすることはできない」ためである（４８頁）。本書では現実に相続紛争が増加していることを家庭裁判所の相談・調停・審判の件数の統計データを引用して立証する。

著者は相続が揉める理由として「民法改正と権利意識の向上」を挙げる（５１頁）。戦前の封建的な家制度の下では、長男が家督を継いで全財産を相続するために相続紛争が生じる余地は少なかった。戦後民主化の一環として民法が改正され、相続人の均分相続が定められた。さらに戦後の平等教育によって、男性も女性も長兄も末子も平等であるという意識が浸透したためとする。

この著者の主張は一面の真実であるが、全てを説明するものではない。相続人皆が民法の規定に従い、相続人に均分相続させるべきと考えているならば紛争は生じない。紛争は意見が対立するから起こる。相続人の一方は均分相続を期待するのに対し、他方は戦前的な長子単独相続が当然と主張するから紛争になる。その意味で「民法改正と権利意識の向上」は紛争の一因であるが、全てはない。法の下の平等や戦後民法の価値観を受け入れようとしない人々が根強く残存していることも、相続紛争を生じさせる要因である。

また、本書では血縁の相続人同士よりも相続人の配偶者が口を出すことが紛争を激化させると指摘する（58頁）。上述の訴訟でも長兄の発見した遺言書において、全ての茶道具を血のつながっていない長兄の配偶者に遺贈していることが紛争を複雑にしている。

本書では相続紛争回避策として、「事前の話し合いが重要」とする（１１４頁）。これは的を射た主張である。被相続人没後に相続人の一人が遺言書を発見したとして提示しても、被相続人の意思で書かれたものか検証不可能である。そのため、紛争になることは目に見えている。上述の訴訟でも遺言書の有効性が争点の一つになっている。莫大な遺産があるわけでも兄弟仲が険悪でないにもかかわらず、相続紛争が起きてしまう原因が理解できる一冊である。</p>]]>
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  <dc:date>2011-12-04T23:24:52+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>住まいの貧困</dc:subject> 
  <dc:creator>林田力</dc:creator> 
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<item rdf:about="http://booklog.jp/users/tokyufubai/archives/4062821036"> 
  <title>リストラ屋</title> 
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<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51bE34C0PHL._SL160_.jpg" /><p>本書（黒木亮『リストラ屋』講談社、２００９年７月１日）は空売り専門の投資ファンドとリストラ経営者の攻防を描いた経済小説である。空売り屋とリストラ屋の対決となると、資本主義の寄生虫として「どっちもどっち」の感があるが、本書における善悪の位置付けは明確である。
主人公（北川靖）は空売り屋である。インサイダー取引に該当しないように注意するなど法令遵守意識があり、ニューヨークの黒人街ハーレムで慈善活動を行う人間味ある人物として描かれる。これに対し、リストラ屋（蛭田明）は株価を上げることしか意識がない拝金主義者である。
企業価値を損なうリストラを行って目先の株価を上げ、自らはストック・オプションで高額の報酬を得た上で、当該企業を他社に高値で買収させてサヨナラする。まさに企業を食い物にするハイエナである。そのようなリストラ屋への義憤が主人公の原動力にもなっており、読者は主人公側に容易に感情移入できる。
優良工場を閉鎖して中国に集約する。その結果、製品の品質が低下し、売上げが落ちる。明らかにビジネスとしては失策である。ところが、それが株式市場では評価され、株価が上昇する。これは人間性や社会正義の点から批判できるだけでなく、経済原理としても非効率である。このような現代資本主義の欠陥が本書で明らかにされる。
この欠陥はアングロサクソン型資本主義に起因すると見なされる傾向にある。由来の研究としては誤りではないとしても、ここには落とし穴がある。日本人にとって「日本社会の根本的な問題ではない。アメリカに染まり過ぎたことが原因」と心地よい責任転嫁の口実に悪用できてしまうためである。
これに対して、本書の設定はユニークである。リストラを断行する主体は日本企業で、経営者の蛭田も日本人である。蛭田は英語も十分に話せない人物で、アメリカかぶれではない。反対に日本社会に根強く残る差別意識の被害者としてルサンチマンの鬱屈した人物である。その彼が断行したリストラによって北米支社は縮小され、多数のアメリカ人従業員が路頭に迷う。うつ病やアルコール中毒になるなど多くの元従業員の人生を破壊した。ここでは加害者は日本人であり、被害者はアメリカ人である。
強欲資本主義が英米に端を発したとしても、英米とは比較できないほど人権意識や民主主義が未熟な日本で適用したならば英米以上に悲惨な結果になる。その悲惨さは住む場所も失う派遣切り問題が象徴する。帝国主義や植民地支配が欧米に由来するとしても日本の戦争犯罪を相対化できないように、強欲資本主義も日本の資本主義の病理として直視する必要を実感した。(林田力)</p>]]>
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  <dc:date>2011-12-03T22:18:23+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>小説</dc:subject> 
  <dc:creator>林田力</dc:creator> 
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<item rdf:about="http://booklog.jp/users/tokyufubai/archives/4087712710"> 
  <title>バスティーユの陥落 (小説フランス革命 2)</title> 
  <link>http://booklog.jp/users/tokyufubai/archives/4087712710</link> 
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<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41wUArfAxlL._SL160_.jpg" /><p>本書（佐藤賢一『バスティーユの陥落　小説フランス革命II』集英社、2008年11月30日発行）はフランス革命を描いた歴史小説の2作目である。本書ではバスティーユ襲撃からヴェルサイユ行進までを扱う。前巻のミラボーやロベスピエールに加え、本書ではパリ市民に蜂起を促したデムーランがフィーチャーされる。

著者の佐藤賢一氏は濃厚な性的表現が多いことで知られるが、これまでのところ「小説フランス革命」シリーズでは抑え気味である。しかし、ミラボーがデムーランを扇動するシーンなどで卑猥な表現が使われている（48頁）。性愛シーンでないにもかかわらず、性的な表現が盛り込まれているところに著者らしさが感じられる。著者の描く人間像は、人間が性の衝動（リビドー）に支配されていると主張するジークムント・フロイトの人間像を想起させる。

パリ市民の政治への不満は爆発寸前であったが、知識人は批判するだけで、自分からは行動しない臆病者ばかりであった。しかし、ミラボーに焚き付けられたデムーランは「武器をとれ」と扇動する。この演説が契機となって、パリ市民は武装闘争に突入する。

私は新築マンションで大手不動産会社と裁判闘争をした経験がある（林田力『東急不動産だまし売り裁判　こうして勝った』ロゴス社、2009年）。裁判を続ける中で同種の被害に遭った被害者にも数多く出会った。その中には行動を起こす意思はなく、愚痴を聞いてくれる仲間が欲しいだけとしか考えられない人もいた。真剣に相談に乗った自分が馬鹿らしく感じられるほどであった。それ故に行動しない知識人に対するミラボーの失望には共感する。革命への口火を切ったデムーランの意義も高く評価する。

前半のバスティーユ襲撃は変革を求める男達の熱い情熱で突っ走る。デムーランの感情の揺れや興奮の高ぶりは滑らかな筆致で書かれ、読者の胸も高揚させる。ところが、封建的特権の廃止宣言や人権宣言では様相が異なる。理想の実現にまい進するロベスピエールと覚めた目で見守るミラボーを対比させているためである。ミラボーの冷ややかな姿勢のために、人類の金字塔とも言うべき人権宣言にも高揚する気持ち一辺倒で読み進めることはできなかった。

ミラボーは議会の独断専行の危険性を以下のように指摘する。「自らの保身に有利な法律ばかりを通過させて、実質的な特権を築き上げて、あれだけ貴族を責めながら、自らが新たな貴族と化すだけだ」（212頁）。これは世襲議員ばかりになった現代日本への痛烈な批判にもなる。

ヴェルサイユ行進では男性達（ミラボー、ロベスピエール、デムーラン）は傍観者に成り下がった。女性を中心としたパリ市民がヴェルサイユ宮殿まで行進し、フランス国王ルイ16世をパリに連行した事件である。この事件を本書では支離滅裂な女性達の行動の結果として描いている。混迷を深めるフランス革命の行方が気になる終わり方であった。</p>]]>
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  <dc:date>2011-12-01T22:20:46+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>小説</dc:subject> 
  <dc:creator>林田力</dc:creator> 
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<item rdf:about="http://booklog.jp/users/tokyufubai/archives/4047916234"> 
  <title>ロスト・シンボル 上</title> 
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<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51E4MUbDDEL._SL160_.jpg" /><p>本書（ダン・ブラウン著、越前敏弥訳『ロスト・シンボル　上巻』角川書店、2010年）はサスペンス小説である。世界的なベストセラーとなった『ダヴィンチ・コード』と同じロバート・ラングドン・シリーズに属する。視点人物が入れ替わり、複数の人物の物語が同時進行で進む点はダヴィンチ・コードなどと同じである。
『ロスト・シンボル』の舞台はアメリカ合衆国の首都ワシントンである。米国には近代に登場した歴史の浅い国家というイメージがある。しかし、米国のバックボーンには強い宗教性が存在することが浮き彫りにされる。
主人公のラングドンが価値観を相対化できる人物である点が印象的である。古代の拷問器具である十字架の前で跪き、血と肉の象徴であるパンとぶどう酒を食べるキリスト教徒の信仰も、他の価値観に立てば怪しげなカルトに映ると主張する。日本社会では自分の考えだけが真実という類の偏狭で幼稚な発想の持ち主に遭遇することもある（林田力「大卒から感じた高卒のギャップ」PJニュース2010年11月23日）。その種のナイーブな思想を嘲笑う好作である。</p>]]>
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  <dc:date>2011-11-30T22:21:33+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>小説</dc:subject> 
  <dc:creator>林田力</dc:creator> 
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<item rdf:about="http://booklog.jp/users/tokyufubai/archives/4334746322"> 
  <title>千一夜の館の殺人 (光文社文庫)</title> 
  <link>http://booklog.jp/users/tokyufubai/archives/4334746322</link> 
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<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51%2B2C8tCWDL._SL160_.jpg" /><p>本書（芦辺拓『千一夜の館の殺人』光文社、2009年8月20日発行）は、素人探偵・森江春策シリーズに属する推理長編である。単行本は2006年に刊行され、本書は文庫版である。

森江春策シリーズは事件に巻き込まれた弁護士・森江春策が謎解きをする推理小説である。フィクションは現実と非現実の微妙なバランスに醍醐味がある。現実から乖離した物語はリアリティに欠ける。一方で中には小説より奇妙な現実もあるものの、一般的には現実そのものでは面白みに欠ける。

その点、刑事事件中心の弁護士を探偵役とする本シリーズの設定は巧みである。刑事事件を扱う弁護士は高校生や家政婦の探偵に比べて不自然さがない。しかし現実の弁護士は当事者が収集した事実を元に法的主張をまとめることが仕事であり、探偵のように自ら事実を収集することはない。

この点は弁護士への大きな誤解であり、裁判に勝つためには当事者が事実を収集することがポイントになる。これは記者自身の不動産売買代金返還の裁判経験から断言できる（林田力『東急不動産だまし売り裁判　こうして勝った』ロゴス社、2009年）。結論として弁護士を探偵役とする設定は「ありそうでない」設定であり、フィクションとして魅力的である。

本作品のタイトル「千一夜の館」からは「館モノ」を想起させる。外部との連絡が取れない館で連続殺人が起こるという展開は推理小説の王道である。しかし、本作品では「千一夜の館」自体が謎であり、関係者や場所を限定する役割を果たさない。そのために読者は最後まで裏切られ続ける。

また、本作品の特徴は作中の話題が豊富であることである。タイトルに「千一夜」とあるとおり、アラビアン・ナイト（千一夜物語）が下敷きになっている。また、天才的な数理情報工学者・久珠場俊隆博士の死が発端であり、博士の遺した量子コンピュータやRSA暗号など最先端のITの話題が登場する。また、博士の莫大な遺産が連続殺人の背景になっており、法定相続人の知識も必要である。さらに殺人事件では茶室の構造がポイントになる。推理小説を一冊書き上げるためには幅広い知識が必要になることを実感した。</p>]]>
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  <dc:date>2011-11-26T14:21:17+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>小説</dc:subject> 
  <dc:creator>林田力</dc:creator> 
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