女坂 (新潮文庫)

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  • 新潮社 (1961年4月18日発売)
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明治初期、世に時めく地方官吏白川行友の妻倫は、良人に妾を探すために上京した。
妻妾を同居させ、小間使いや長男の嫁にまで手を出す行友に、ひとことも文句を言わずにじっと耐える倫。
彼女はさらに息子や孫の不行跡の後始末に駆けまわらなければならなかった。
すべてを犠牲にして、“家”という倫理に殉じ、真実の“愛”を知ることのなかった女の一生の悲劇と怨念を描く長編。

個人的にはとてもすばらしい作品だと思う。
「こんなの古い」と言われたらそれまでだけど。
明治ということで、注釈もたくさんあるが、
和装や仏教(特に浄土真宗)に少しでも知識がある人ならそつなく読めると思う。

明治という時代、倫のような生き方、考えは当然のことだったかも知れない。
夫の妾を妻が見つけに上京することや、一つ屋根の下で妻や妾が同居することなど、
確かに理解しがたいところもある。
しかし、倫の心の中が丹念に描かれているので案外すんなり理解できる。

また最も興味深かったのは、
いつの時代も、愛する人の気持ちが自分から離れていくときは同じ気持ちになるのだと、
感情面では変わることのない女の苦しみや葛藤、不安が描かれていて、
「あぁ、これはいつも一緒なんだ」
と倫を見ていると、そう思ってしまう。
時代は変われども女の心は変わらないんだと。

主に倫という一人の人間の視点で、
「このとき倫はこうした」、「このとき倫はこう思った」といった感じで倫目線で進み、
しかし最初は一人の妾もいないところから、最後は倫も老い、孫もいるようなところへと、
時代の移り変わりが倫の評価、周囲からの印象をも変えてしまい、
切なくなっていく。

「倫は夫と家とを大切に思う道徳で厳しく自分を縛って、誰からも非を打たれないように油断なく家事に心をつかって暮らしていた。
倫とすれば一ぱいの愛情と知恵が夫を中心とした白川家の生活につめこまれていたのである。」(16頁)

様々なことに勝るくらいの愛情(そして知恵)というのは、現代人のほうが失い、劣るのかも知れない。

「ここ一、二年の間に天下がとれなければ、おれ達の幕は下りるな。しかしおれはそれまで生きていたくないよ」(84頁)

川島総監の一言。

「小さな幸福、つつましい調和…結局人間が力限り根限り、呼び、狂い、泣きわめいて求めるものはこれ以上の何ものであろうか」(208頁)

最後、坂を上りながら考える倫。
不覚にも涙を流してしまうあたり。
こういうことは若いときには考えもしない問題なのだろう。

2009年7月12日。

案外女は強く、芯をしっかり持っているもんです。

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感想投稿日 : 2009年6月23日
本棚登録日 : 2009年6月23日

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