「お手本の国」のウソ (新潮新書)

  • 新潮社 (2011年12月15日発売)
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感想 : 27
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 マスメディアで問題にされるたびに「お手本」とされる外国。本書ではその対象である「お手本の国」7カ国の実情を現地に住む日本人がレポートしたもの。

 それにしても新潮新書は書名での煽りが上手いです。『バカの壁』『人は見た目が9割』など、内容よりもインパクトだとばかりに刺激的でキャッチーなタイトルをつけてきます。
 本書についてもこの傾向は顕著で、マスメディアで伝えられる「お手本」の実情はウソでした、というような単純なものではありません。

 少子化対策に成功したというフランス(第1章)、フィンランド式教育メソッドが上手く行ったフィンランド(第2章)というのは、真っ赤な嘘というわけではありません。少子化対策、教育対策ということを目立って行ったわけではなく、別の目的でなされた施策が上手く行っているという、全肯定派・全否定派どちらにも「ぐぬぬ…」となるのが実情のようです。施策を細かく見ていくと、フランス・フィンランドはそれぞれ自国の国民性を考慮に入れた施策をしており、安易にフランスやフィンランドの方式を模倣するのが一番失敗するパターンであることは確実です。

 二大政党制の範の一つとされるイギリスの議会についても、近年は第三党が出てきて混迷の様相を呈しているようです。
 が、2012年8月現在の日本の政局と比較すると、二大政党制の下、与党の失政を見て「次は自分が与党だ」とほくそ笑む野党も票が伸びず、第三局が台頭、連立政権を組むも第三局は与党になった途端にマニフェストの政策を転換して支持率を下げた2010年5月以降のイギリスの政局は、これからの日本の未来予想図を見ているような気がしてきます。

 アメリカ・カリフォルニア州の裁判所書記官をしている伊万里氏のレポートは、実務をつぶさに見てきた著者ならではのリアルな内容です。昔、英米法の授業で「アメリカ人は陪審裁判に対してファナティックな信頼を置いていると言われている。アメリカの裁判官自身も裁かれるなら絶対陪審裁判の方が良いと言っている」と習いましたが、書記官から見るとまた一つ違う感想を持つようです。

 ニュージーランドの自然保護の実情については、それ以前にニュージーランドで起きた惨状の方に目を覆いたくなります。
 残酷とはいえ、外来種を徹底的に駆除しなければ、そこでしか生きられない原生生物が絶滅してしまう。その覚悟を人間の「責任」と表現してあり、業深い責任の取り方だよな…(もちろん彼らはそこまで覚悟してやってるんだろうけど)、と思いました。

 ドイツの戦争責任については、西尾幹二『日本はナチスと同罪か ―異なる悲劇 日本とドイツ―』の内容と重複していました。が、気になるのは戦後、ドイツはユダヤやイスラエルに対しては甘くならざるを得ない半面、イスラムには厳しいということ。移民問題を抱えているなど個別の事情はあるのでしょうが、それにしても…です。
 あと、日本と違ってドイツはナチスに全ての罪があるとしたため、ナチスに関与していた人が身内にいると、全てを許して過去の歴史に目をふさぐか、親子で絶縁してしまうかという極端な二者択一状態が生じている、というのも気になりました。娘が「父親が以前ナチス党員だったから、その悪い遺伝子を残すわけには行かない!」と子供を産みたくないというのは、それ、ナチスの優生思想そのものじゃないのか? と読んでいて頭を抱えました。
 ドイツは戦後補償をキッチリ果たしたから日本と違って戦前の罪を引きずっていない、という見方は、ドイツの実情を知らないだけでなく、こういう問題を抱えていることを認識の外に出してしまうだけに危険だと思いました。

 最後は、「ヤバそうと思ってるけど、実はお手本に"すべき"国」であるギリシャです。観光立国としてはイタリアが有名ですが、ギリシャもなかなかの観光立国です。
 あれだけ財政がムチャクチャでもリピーターが訪れるギリシャの観光政策にこそ、日本が見習うべき点があるはずです!(笑) いや、歴史という観光資源では日本だって負けてない上に、世界に日本だけのオリジナリティ爆発なんですから、これをもっと利用することは真剣に考えるべきでしょう。
 ですが、日本の鉄道は複雑で難しい、という指摘には納得しつつも笑ってしまいました。東京の鉄道網なんて世界有数の複雑さだと思いますが、それをちゃんと使いこなせている日本人の優秀さ(?)故に、気づかなかったんだろうなぁ、と鉄道ほどではないにせよ読んでて複雑な顔つきになってしまいました。

 「だぁーから日本はダメなんだよぉー! イギリスではぁー」としたり顔で言うテレビのコメンテーターの言をそのまま信じてしまいがちな人にも、聞くだけで眉をひそめてしまう人にもオススメの一冊です。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2012年8月10日
読了日 : 2012年8月10日
本棚登録日 : 2012年8月10日

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