グリコ森永事件をモチーフにしたミステリー。事件で使用された"子供の声で録音された犯行声明"のマスターテープを自宅で見つけてしまい、その声が自分の幼い頃の声であることに気づいた30代の男の葛藤から物語はスタートする。
もう一人、新聞記者としてグリコ・森永事件を追う第2の主人公も30代で、自分と同世代が主人公ということで親近感を覚える作品だった。
主人公たちと同様、私はグリコ・森永事件になんとなくの情報しか持ち合わせていないため、"一体どんな事件だったのか?"という点から物語を追えるのも読みやすかった。
(逆に、すでに事件についてある程度以上の知識や情報を持っている人にはかなり冗長に感じられると思う。)
かすかにしか覚えていない"昭和"という時代の息遣いを感じながら、誠実にリアリティを重ねて真相に迫る描写が素晴らしい。ミステリーの醍醐味のひとつでもある"大どんでん返し"はなく、物語が沸騰するような瞬間もないが、それこそが"リアリティー"。人生にフィクションのようには進まないのだ。
事実、主人公の一人は事件の真実にたどり着く前に、一度"自分の中の結論”に納得し事件をおりかけてしまう。それはある意味で真実から目を背けた"逃げ"なのだが、逃げてしまうのもまた人間のリアルな行動。ミステリーだからと絶対的に真実にたどり着く必要はなく、生きている人間のリアリティーを描いた点がおもしろい。
とはいえ、あくまでエンタメ作品なので、一度降りた主人公も再度レールの上に戻され、真相にたどり着くのだけど、本格ミステリーのようなスッキリとパズルが解けた快感ではなく、エンディング後も続いていく人間たちの人生を感じさせる終わり方が、これまたリアリティーがあった。
(そもそも、純粋にミステリーとして見た場合、あまりに幸運と偶然によって真相が暴かれてしまう。)
"罪"によって翻弄された子供たちの人生は虚しく、"救い"はもたらされるものの、そもそも圧倒的な"被害者"である彼らにわずかな"救い"が与えられるだけでは割に合わない。そういう意味で、かなり後味の悪い読後感も残す作品ではあるんだけど、それもまたリアリティーなのかもしれないと、納得させられてしまった。
そして、モデルとなった"グリコ・森永事件"自体への興味も湧いてしまい、巻末の参考資料をもとにさらなる読書へ誘ってくれる作品でもあった。
- 感想投稿日 : 2017年1月1日
- 読了日 : 2017年1月1日
- 本棚登録日 : 2017年1月1日
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