明治、大正、昭和初期という激動の時代、考えられないような差別に虐げられてきた被差別部落に生きる幼い兄弟、誠太郎と孝二。日露戦争で父を失った彼らを通して、差別、貧困、戦争を問い、人間とはなんなのか? ほんとうの幸福とは? スケールの大きな作品で、今の時代にも多くの人に読んでもらいたいです。
作者の住井すゑさん(1902年~1997年)は、あらゆる命のきざしに対して、好意に満ちたまなざしを向けています。読みながらほろと涙が零れるような、温かい作品を残してくれました。55歳から90歳超えても書き続け、徹底的な取材を重ねたその労苦と勇気に、心から称賛をおくります。
1961年に第1部発行。1979年までに81版を重ね、発行部数は91万8000部、第6部までの発行部数は382万部(その後のウィキ情報では、第1部~第7部までの累計発行部数は800万部)。
第6部の解説では、「橋のない川」は、とくに大宣伝もなく、当時の文壇で評判になったわけでもなかったよう(当時の文壇なるものは何をしていたのかしら?)。英語、中国語、イタリア語、タガログ語などにも翻訳された、日本では静かなベストセラーです。
大和盆地(奈良)に広がる田園の中を、優しい大和言葉が清流のように流れていきます。たそがれの山々を照らす柔らかい月の光、四季の移ろいが目に映るよう。うわぁ~とため息が漏れるほど美しい描写に惚れぼれします。
また作者は「老子」に傾倒していますので、壮大な宇宙・自然の道(法理)が作品全体に貫かれています。詩人ホイットマンやトルストイといった世界文学も視野に入れながら、とてもスケールの大きな作品に仕上がっています。
被差別部落の人々を通して、日本のみならず世界にはびこるさまざまな差別を世界に問いながら、自然の営みや生のきざしに満ちている。明るく軽やかな世界文学に匹敵する日本文学です♪
人種、民族、肌の色、出自、性差、障がいによる差別は今でもあとを絶ちません。世界中でヘイトスピーチの暴力も蔓延しています。偏見や差別の芽はそこここに潜んでいて、原発事故のあった福島から避難してきた先では、「ばい菌」呼ばわりされて登校できなくなっている子どもがいたり、水俣病やハンセン病に苦しむ人々に不当な偏見や差別がいまだに続いていたり、加重な米軍基地負担の構造的差別を長年強いられている沖縄では、取り締まりの本土の警察官から、土人発言まで飛び出して大問題になったり……開いた口がふさがりません。
ふと、ジョージ・オーウェル『1984年』のなかに出てくる、「無知は力」という逆説テーゼを思い出して身も凍りそうになります。もっと恐ろしいのは、純粋に知らないことより、多くの偏見や差別や先入観にすりこまれたまま、自ら真実を知ろうとしないことなのかもしれません。我が身を振り返って自問してしまいます(汗)。
あらゆる情報が氾濫していて、あっというまにのみ込まれてしまうような現代社会の中にあっても、この作品には泰然とした山のような力強さと普遍性を感じます。
美しい田園風景を背に、葛城川のせせらぎにのって、堤をてくてく歩く、誠太郎と孝二のかわいい唄声が聞こえてくるような……そんな郷愁を誘う名作です♪
- 感想投稿日 : 2017年1月27日
- 本棚登録日 : 2017年1月27日
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