ジョゼフ・コーネル — 箱の中のユートピア

  • 133人登録
  • 4.48評価
    • (14)
    • (9)
    • (2)
    • (0)
    • (0)
  • 13レビュー
制作 : 林 寿美  太田 泰人  近藤 学 
がとさん  未設定  読み終わった 

1/7 読了。
映画スターの肖像や、古い博物画を使った箱型オブジェの製作でその名を知られる芸術家の伝記。父を早くに亡くし、束縛の強い母と障碍者の弟を世話しながら、閉鎖的な環境で創作活動に勤しんだコーネル。初期はシュルレアリスムに接近したがダリに謂れのない嫉妬をされ、その後ポロックらに刺戟を受けて抽象主義を取り入れるも黙殺され、遂にポップカルチャーがコーネルを見つけたときには、彼は疲弊しきっていた。嫉妬深い婚約者のような母と、信仰していたクリスチャンサイエンスのせいで、彼は60まで女性を知らなかった。しかし、夢の世界ではセピア色の写真の中のバレリーナや銀幕のスター女優たちとロマンティックな恋に明け暮れて、彼女たちへのオマージュとして≪箱≫を多数作り上げた。

帯で柴田元幸が「誰にも似ていない人生」と書いているが、本文中に再三「ヴィクトリア朝の紳士のようだった」と言い表されていることからもわかるように、コーネルは完全にルイス・キャロル型の天才である。インテリで閉鎖的で自らの性欲を厳しく律していて、人嫌いなくせに人と繋がりたがっていて、子どもが好きなくせに子ども相手でもロクなコミュニケーションが取れない、臆病で誇大妄想狂の独身者。絶対に手の届かないプリマドンナに憧れると同時に、ウエイトレスやレジ係の仕事に就く女の子を女神のように崇拝して、自分が救い出してやらなければという強迫観念に囚われ、そのヒーロー願望を恋愛と勘違いしてしまう、ものすごく現代的な病理の持ち主である。それに職人気質で寡黙な狂人というアーティスト面も加わって、ほとんどスティーヴン・ミルハウザーの孤独な求道者小説を読んでる感覚に陥った。
この伝記の著者はコーネルの≪箱≫を、「崇高な芸術」と「価値のないがらくた」を一緒くたにした点で意義があると見做しているようだが、私の意見は少し異なる。コーネル及びポップカルチャーの齎した功罪というのは、「そもそも全ての物には絶対的価値などない」「だから物の価値は自分が決める」ということで、ルネサンスの絵画もダイムミュージアムのオモチャも、"コーネルの眼"というフィルターを通して等価に生まれ変わるのだ。この試みはデュシャンの芸術活動とも通底するが、シュルレアリスムも抽象主義もポップアートも従来の芸術的価値観の破壊を明確に意図していたのに対し、コーネルはあくまで本人の気質としてそういう人間だったのであり、主義主張とは無縁だった。だから20年やそこらで変わるイズムのサイクルなどに流されはしなかったのだろう。
≪箱≫はある意味で、コーネルのナルシシズムの爆発であり、それがガラス板で覆われて見せびらかされると同時に抑圧されているのだとも言えるだろう。作品が売られるのを嫌ったり、一度贈った作品を返却しろと言ったりするのは、端的にそれが彼の半身なのだということを表している。≪箱≫は全てが彼に収斂していく小宇宙であり、神でもなくパトロンでもなく自分の愛する幻影に捧げる供物であり、あらかじめ喪われたもので溢れた聖遺物箱だった。その意味では、コーネルはキャロルの先達とも言えるルネ・デカルト、夭折した娘そっくりの人形を箱に詰めて持ち歩いていたというあのデカルトの方に、より近いのかもしれない。

レビュー投稿日
2016年1月12日
読了日
2016年1月12日
本棚登録日
2016年1月12日
ツイートする
このエントリーをはてなブックマークに追加

『ジョゼフ・コーネル — 箱の中のユートピ...』のレビューをもっとみる

『ジョゼフ・コーネル — 箱の中のユートピア』のレビューへのコメント

まだコメントはありません。

コメントをする場合は、ログインしてください。

いいね!してくれた人

ツイートする