万能鑑定士Qの事件簿X (角川文庫 ま 26-319)

著者 :
  • 角川書店(角川グループパブリッシング) (2011年6月23日発売)
3.79
  • (142)
  • (270)
  • (243)
  • (21)
  • (0)
本棚登録 : 2412
感想 : 195
4

〇 総合評価
 10作目に,最初のエピソードの後日談と,凜田莉子が初めて解決した事件についてのエピソードを持ってくるという設定は,面白い。有機的自問自答と無機的検証というシンプルな思考法で,莉子が論理的な考え方を身に着けていく様も描かれている。
 作品としては,レシティアという美容院の経営譲渡をめぐる裁判と,エメラルドの密輸という二つの事件が描かれており,いずれもトリックは小粒。長編というより短編のネタ。しかし,その軽いネタを扱いながら,ハイパーインフレ騒動を起こす前の瀬戸内陸の内面の様子を描き,ハイパーインフレ騒動の後日談がさらっと描かれている。
 10作目として,莉子が探偵としての能力を開花していく様子と,1作目の後日談を描く総括的な作品。個々の謎とトリックの弱さはあるが,全体的な話の完成度は高いと思う。★4で。

〇 サプライズ ★★☆☆☆
 レティシアという美容院をめぐる事件の真相は,顧問弁護士が長い時間を掛けて2つの社印を用意していたというもの。ミスディレクション的な解決がなく,これ以外に存在しないという真相なので,意外性は低い。エメラルドの密輸事件の方は,金庫をミスディレクションとして,一度捜査させた緑色の液体の中にエメラルドを隠すというもので,これも隠し場所としては面白いがサプライズはない。サプライズは低め。

〇 熱中度 ★★★★☆
 有機的自問自答と無機的検証という考え方で,いくつもの論理パズルを解きながら莉子が成長していく様子はとても面白い。前半のレティシア事件と,後半のエメラルド密輸事件と,2つのちょっとしたエピソードをスピーディーに捜査・解決していく展開は飽きさせない。小粒ながらなかなかのデキ。熱中度は高い。

〇 インパクト ★★★★☆
 凜田莉子が独立後,急激に成長していく様子はインパクトがある。莉子が最初に解決した事件について描かれているのもインパクトがある。また,最初のハイパーインフレ騒動の後日談がさらっと描かれているのもいい。総合的に見てインパクトはある。

〇 キャラクター ★★★★☆
 笹宮麻莉亜と朋季の二人がいいキャラクターである。ほかのキャラクターも相変わらず,生き生きと描かれている。ハイパーインフレ騒動を起こそうと思っている,瀬戸内陸が,莉子を育てながら,自分の計画の実現のための最大の障害を育てようとしていると葛藤している内心が描かれているのもいい。

〇 読後感 ★★★☆☆
 ハイパーインフレ騒動の後日談や,莉子の成長の軌跡が描かれており,ラストは10作目としてこれまでの総括みたいになっている。読後感は悪くない。

〇 希少価値 ☆☆☆☆☆
 人気シリーズ。希少価値はない。

〇 メモ
〇 プロローグは,ハイパーインフレ騒ぎの終焉,2巻の直後。瀬戸内陸が重要参考人として確保されるシーン。莉子と工芸官の藤堂とのやり取りが描かれる。
〇 3年前,万能鑑定士として独立したばかりのシーンが描かれる。壺を割ってしまったり,清掃の契約を結ばするなどの失敗が続く。
〇 瀬戸内陸は莉子に有機的自問自答と,無機的検証を教える。
〇 美容室チェーンのレティシアの笹宮麻莉亜と朋季が警察を訪れる。ダルメという会社が,レティシアの全店舗を無償で譲るという契約書を持っているという話。既にワイドショーなどで取り上げられ,民事訴訟の最高裁での判断が間近な状態である。
〇 有機的自問自答と無機的検証の具体的なレクチャー。有機的自問自答は,理由を一つに絞ること。無機的検証は,それが終われば全てが終わりか否かを検証することである。物事は聞いてすぐに書くのではなく,要点を絞って図式化して書く。
 =は同列,VSは対立,→は前を受けて順当に導き出される結論
 有機的自問自答VS無機的検証。この二つはいずれも大切なことである。
〇 レティシアとダルメの裁判。レティシアの顧問弁護士は神条康仁。争点は押印が真正。裁判はレティシア側が不利な状況である。
〇 A,B,Cがいて,本当のことを言うのは一人。Aは,Bがウソつきだと言っている。このことから導き出される結論は?
 A=本当 → B=嘘つき C=嘘つき
 A=嘘つき → B=本当 C=嘘つき
 Cが嘘つき
〇 笹宮麻莉亜と朋季がかつてレティシア水道橋店があった莉子の店に来る。鑑定の依頼
〇 莉子と笹宮親子の出会い。印鑑の鑑定では役に立てなかったが,店で打ち上げを行い,親しくなる。
〇 莉子による捜査。情報を集め,氷室に協力を依頼する(氷室との出会い)。莉子は,弁護士の神条が,印鑑をすり替え,同じ癖のある印鑑を2つ用意していたのではないかという推理をする。しかし,過労で倒れ,裁判には出頭できない。判決は,レティシアの敗訴
〇 莉子による再度の捜査。捜査対象は神条。神条が残したメモから横浜大桟橋で積み込みがされることを知る。豪華客船を利用したエメラルドの闇取引をしている暴力団と関係があることが分かる。
〇 神条の悪だくみを暴くために,瀬戸内の力を借り,莉子と朋季はアレクサンドリーヌ号に乗り込む。
〇 アレクサンドリーヌ号内でのエメラルドの取引きの現場がある。捜査の結果,怪しげな金庫が見つかる。この金庫が開けられるか。日本の領海を出る3日後までが捜査のデッドライン
〇 ギリギリのところで莉子が真相に気付く。金庫がダミー。エメラルドは,メロンソーダだと思っていた液体の中に隠されていた。
〇 ダルメと暴力団の関係が明らかになり,笹宮麻莉亜はレティシアを取り戻すべく,係争を続ける。朋季は美容師の仕事をするために海外へ。
〇 3年後,ハイパーインフレ騒動の解決直後の時制へ。瀬戸内陸,楓と莉子の会話
〇 西園寺事件の回想,雨森花蓮の視点からのハイパーインフレ騒動が描かれ,最後は,モナ・リザ展の後のシーン。朋季に髪を切ってもらっている莉子のシーンでエンド

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 妻の本
感想投稿日 : 2017年8月19日
読了日 : 2017年8月19日
本棚登録日 : 2017年8月19日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする