表紙絵がすでにネタバレだし、帯にもしっかり「ホッキョクグマ三代の物語」って書かれちゃってるんだけど、できることならそういう予備知識なしに、読んでみたかったなあ。書き出しは妙にエロティックにも受け止められる文章で、いったいこの主人公は何者なんだろうって色んな想像をしながら正体を知っていくワクワク感、すごく味わってみたかったのだけれど。
収録されているのは「祖母の退化論」「死の接吻」「北極を想う日」の3編。祖母、母、息子、と三代にわたるホッキョクグマの伝記なのだけれど、時代が現代になるにつれわかりやすく(というか動物が動物らしく)なってゆくので、もしかして逆から読んでいくというのも面白いかも。
最後の「北極を想う日」の主人公クヌートは、どうも名前に聞き覚えがあると思ったらベルリン動物園に実在した白熊ちゃんで(2006-2011)、日本でも可愛いとニュースになっていた記憶が微かに。基本設定は父母の名前や母熊トスカに育児放棄されて人間に育てられたことなど実際のクヌートと同じ。動物園のアイドルとして生きたクヌート視点で書かれた文章は、まるで童話のよう。基本的には人間と会話したりはしないし、奇妙な出来事もほとんど起こらないので、これだけ独立した作品として読んだら、これが本当に多和田葉子?って思うくらい素直に可愛く一般ウケしそうな。
しかし個人的に一番好きなのは、クヌートの祖母にあたる「わたし」が自伝を出版する「祖母の退化論」。なぜか彼女の世代では、芸のできる熊はまるでアスリートか芸能人のような扱いで、ショーを引退後は、いろんな会議(人間の)に呼ばれたり、なにがしかのキャンペーンのイメージキャラクターみたいなのをつとめたりもする。彼女は普通に人間の言葉を喋り、自伝を書いてオットセイの編集長がいる出版社に持ち込み、人気作家になったり、あげく作品のせいで亡命したりする。それを何かのアレゴリーだとか考えずに、ただただ奇妙な世界を受け入れていくのが私は面白かった。
クヌートの母トスカが主人公の「死の接吻」は、サーカスで生きたトスカと、彼女と心を通わせた人間の女性との物語で、これもかなりヒネリが効いていて面白い。3作それぞれに違う魅力があり、わからないようでわかる、不思議な1冊でした。
- 感想投稿日 : 2013年12月2日
- 読了日 : 2013年11月29日
- 本棚登録日 : 2013年11月28日
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