先週に続き、2000番(タイトル数)を突破したことを記念して、編集部への独占インタビューを通じてブルーバックスの魅力に迫ります。第一弾は編集長・篠木和久さんに54年の歴史を振り返っていただきましたが、第二弾は、『日本海 その深層で起こっていること』(蒲生俊敬 2016年)や『素数はめぐる』(西来路文朗/清水健一 2017年)の担当編集者・Kさんから、歴史を振り返りつつ現場視点からさらに掘り下げたお話を伺いました。編集会議の裏話ほか、「あの時」ブルーバックス編集部は何を考えてどう行動したのか? ブルーバックス編集部サイド・ヒストリーをご紹介します。
今週も、ブルーバックスの様々な人気タイトルをプレゼントする企画も実施いたしますので、最後までお見逃しなく!
取材・文・撮影/ブクログ通信 編集部 持田泰 猿橋由佳
誰もがおどろいた『科学手品』の大ヒット
-本日Kさんには、過去のブルーバックスで人気が出た本、飛びぬけてよく読まれた本について、お伺いさせていただればと思います。何か思い出深いタイトルはありますか?
前回篠木も挙げていましたが、やはり、『子どもにウケる科学手品77』のヒットは印象深いですね。累計部数歴代1位で、圧倒的に売れた書目ですが、企画が採用された当時の編集会議では、ここまで売れるとは誰も思っていなかったんです。編集会議では往々にして、「いけそうだ!」と盛り上がる直球系の企画と、「そういう切り口もありだよね」という変化球系の企画の2パターンに分かれるのですが、この本は明らかに後者でした。ブルーバックスでは以前から、『パズル・物理入門』(都筑卓司 新装版2002年※累計部数歴代5位)に代表されるように、数理パズルや論理パズル、物理クイズといった「パズル・クイズ」ジャンルの本は多くあったのですが、この本はそれを「手品」という切り口に変えた点が斬新でした。さらに、「子供にウケる」という冠言葉で狙いを鮮明にしたことも、ヒットの要因につながったのだと思います。とにかく、編集部としては「変化球企画のひとつ」と考えていたものが、あれよあれよという間に続々と重版がかかっていったので、みんなおどろいたんです。1週間で10万部刷り増したこともあって、各メディアで取り上げられるなど、ある種の社会現象のようになっていましたね。子供にウケるならキャバクラでもウケるだろうということで、ある週刊誌に「キャバクラでもウケる科学手品」という記事も出たくらいです(笑)。
‐90年代後半に確かに社会現象になっていた印象がありますね。
90年代の話でいうと、Windowsの登場でパーソナルコンピュータが職場でも家庭でも普及し始めた頃に、『図解・わかる電子回路―基礎からDOS/V活用まで』(加藤肇/見城尚志/高橋久 1995年)がベストセラーになったことも記憶に残っています。詳細な図版をふんだんに使って、さまざまな実用回路が紹介された一冊で、読者が作りたいものを実現できる「電子回路活用事典」として支持を集めました。同書のヒットが契機となって、「図解シリーズ」が充実していきます。「科学はむずかしいという先入観を改める表現と構成」を追求することが、ブルーバックスの目指す目標の一つでもあるのですが、新書サイズならではのノウハウを盛り込んだ図解シリーズは、マンガシリーズと並んで新たな読者を呼び込んでくれました。
‐前回篠木さんにもお伺いしましたが、90年代が一つのポイントのようですね。ブルーバックスの本流の科学シリーズではないタイプの本をこの頃にいくつも出されたのですね。
インターネットの登場と普及で活字離れが加速するのではという危機感がありましたから、新しいジャンルやテーマに積極的にチャレンジしたのは事実です。ただ、ブルーバックスは科学シリーズとして信頼していただけることが何よりの財産なので、直球企画を充実させることがまず第一、という姿勢は変わりませんでした。だからこそ、ときどき刊行される「変化球企画」も、安心して受け止めていただけるのだろうと思います。『子どもにウケる科学手品77』にしても、一つ一つの手品の背後にある科学法則や現象の説明をきちんとしています。だからこそ、あれだけ大きな反響を得ることができたのではないでしょうか。
時代を見て「狙って出した」もの
-かたや、これが今の時代のニーズに適うものだ見込んだ上で刊行して、大ヒットに繋がったタイトルはありますか?
ブルーバックスのテイストとして、世の中のニーズに反応するというよりは、潜在的な好奇心を発掘する方向で企画化することが多いと思います。その意味で、「これから来る次の時代の潮流を上手く捕まえた企画」の代表例として編集部に伝わっているのは、1977年に出た『マイコンピュータ入門』(安田寿明)です。「パソコン」という言葉がまだなかった時代に「自作コンピュータ」を提案した本で、「マイクロ」のマイと、自作のマイがかけ合わさった書名が多くの読者の関心をうまく引き出したと聞いています。発売6ヵ月で17万部も出たそうです。
‐「マイコン」時代のトレンドを予測していた、と
ガスが充満していて、今にも爆発しそうな気配を当時の編集部が感じとっていたんでしょうね。そこにわかりやすいタイトルで提示してみせた、理想的なベストセラーだと思います。コンピュータ関連でいえば、90年代半ばに『パソコンで見る複雑系・カオス・量子―シミュレーションで一目瞭然!』(科学シミュレーション研究会 1997年)という本を出しています。当時の科学界で最先端のキーワードだった「複雑系」や「カオス」について、わかりやすく解説したものです。文章だけでなく、パソコン画面で実際のシミュレーションプログラムを見ていただこうと、新書としては初めてCD‐ROMを添付したことでも話題になりました。
本書のヒットをきっかけに、ブルーバックスではその後の3年間で10冊以上のCD‐ROM付きシリーズを刊行していくのですが、その先駆けとなるタイトルでした。デジタル化の波が出版界に押し寄せはじめた時期でしたが、ブルーバックスが扱うジャンルなら、デジタルとうまく融合していけるということを示してくれた成功例でした。
注目が集まる「地球科学」ジャンル
-ブルーバックスは時代・環境に合わせて、新たなジャンルに機敏にチャレンジしてますよね。
たとえばiPS細胞のように、研究の進展が新たなジャンルを生むこともありますし、時代や社会の要請で科学が扱うテーマが増えることもあります。阪神大震災を契機に、それまでは比較的地味なジャンルだった「地球科学」関連のタイトルを充実させていったのが一例です。以前のブルーバックスでは、「地学」は「宇宙・天文」と一緒くたに分類されていたのですが、近年の自然災害の増加や、地形に対する関心の高まり等にともなって読者が増えてきています。そのようななかで、一度は品切れとなっていた本にあらためて注目が集まるということもありました。たとえば、御嶽山の噴火で多くの人命が奪われた痛ましい災害がありましたよね。
-行楽中の登山客が大勢被害に遭った、あの2014年9月の御嶽山噴火ですね。
はい。噴火の第一報を受けて、ブルーバックスにも何かできることがあるだろうと緊急の協議をしまして、長らく品切れになっていた『Q&A 火山噴火―日本列島が火を噴いている! 』(2001年)を、著者である日本火山学会の許諾を得て、ブルーバックスの公式サイトで全文無料公開させていただきました。不意に襲ってくる天変地異を前にしても、「最低限の知識」を持つことで防げる被害が少なからずあると思います。2014年11月30日までの期間限定配信でしたが、多くの方にダウンロードしていただきました。翌2015年に、改訂版として『Q&A 火山噴火 127の疑問 噴火の仕組みを理解し災害に備える』も刊行しています。
-福島原発の事故の際も、既刊の内容を無償のPDFファイルとして配布したと聞いています。
仰るとおりです。2011年の東日本大震災による福島第一原子力発電所の事故を受けて、『日本の原子力施設全データ』(北村行孝/三島勇 2001年)の一部をPDFで無料公開し、著者の北村先生や三島先生のメッセージも掲載しました。情報が錯綜し、いたずらに不安や誤解が広まる中で、この状況が少しでも改善できるよう、同書に記された基礎知識が役に立つことを願っている、というメッセージでした。こちらも翌2012年に全面的な改訂作業を施し、『日本の原子力施設全データ 完全改訂版―「しくみ」と「リスク」を再確認する』として刊行しました。
-事故・災害に対して即時に出し惜しみせず公開する新書レーベルは大変に珍しいですよね。
珍しいのかもしれませんね。様々な情報が入り乱れて、混乱している状況においては、「科学」に裏打ちされている情報だけに求められる要素が多くあると思います。ブルーバックスが長年にわたって培ってきた土台が役に立てばと、公開に踏み切ることができました。もちろん、その前提として、各書目の著者の方々の理解と協力があったわけですが。
「食品科学」ジャンルを新設
ジャンルの話でいえば、コーヒーの科学 「おいしさ」はどこで生まれるのか』(旦部幸博 2016年)や『「健康食品」ウソ・ホント 「効能・効果」の科学的根拠を検証する』(高橋久仁子 2016年)など、幅広い読者に読まれたジャンルを再整理して、新たに「食品科学」というジャンルを創設しました。
-食品科学系の書目は、過去にもいくつか出されていますが、最初のタイトルはなんだったのでしょうか?
世間的に広く認知されたのは『こんな野菜が血栓をふせぐ―血液を若返らせる新効果』(山口了三/並木和子/五十嵐紀子・著 1991年)でした。野菜や魚をよく食べる人には血栓症が少ないことから、どのような野菜に効果があるのか? に焦点を当てて、抗血栓食を紹介する内容です。現在は残念ながら品切れとなっていますが、ロングセラーとして親しまれた書目です。当時としては変化球に属する企画でしたし、タイトル的にも「健康雑誌の見出しみたい」と驚かれた読者がたくさんいらしたようですが、内容的にはブルーバックスらしく科学的知見を踏まえたものでしたから、多くの読者に好評をいただきました。
‐この本の成功から、様々な食品をデータをもとに科学的に説明する『ワインの科学―「私のワイン」のさがし方』(清水健一 1999年)であるとか『チーズの科学 ミルクの力、発酵・熟成の神秘』(齋藤忠夫 2016年)につながるわけですね。
そうですね。飲み物でいえばアルコールからコーヒーまで、食べ物でいえば「健康食品」から穀物、チーズまで、さまざまな対象を文字どおり俎上に載せてきました。現在では20書目近くに及ぶので、「食品科学」として正式に新ジャンルを設けたほうがいいだろうと判断したわけです。
20世紀の「都筑卓司」を継ぐ、21世紀の「池谷裕二」
‐こういう「食品科学」の本は女性読者の方が多いのでしょうか?
「食品科学」ジャンルに関しては、そういう傾向があるかもしれませんね。ただ、ブルーバックスは基本的に、どのジャンルにおいても男性読者が中心となっています。もちろん女性にもたくさん読んでいただきたいのですが、ジャンルによっては男女差に大きな隔たりがあることは事実ですね。とはいえ、まだ「リケジョ」という言葉がなかった時代に『理系の女の生き方ガイド―女性研究者に学ぶ自己実現法』(宇野賀津子/坂東昌子著 2000年)という本を刊行するなど、女性読者獲得に向けた努力は積み重ねられてきているんですよ。
-先日篠木さんがおっしゃっていた「理系のためのライフハック」本の女性編ですね。読者としてはやはり学生が多いのでしょうか。
大学生から30~40代の社会人が、現在の読者層の中心を占めています。取材現場では、「学生時代にブルーバックスをよく読んでいましたよ」と、ノスタルジーを交えて話してくださる研究者の方も多いですね。最近のものでいえば、21世紀の累計部数ランキング1位となっている池谷裕二さんの『記憶力を強くする―最新脳科学が語る記憶のしくみと鍛え方』(2001年)が、受験生を中心とする若い読者に多く読まれました。
池谷さんは現在、最も注目を集める脳科学者のお一人ですが、実はデビュー作はブルーバックスから出してくださっているんです。執筆依頼をしたときはまだ20代でいらして、若い著者として期待と不安が入り交じっていたのですが、これが最初の著作とは思えないような鮮やかな語り口で、25万部を超える21世紀最初のベストセラーをものしてくださいました。
-池谷さんはブクログでも人気の高い著者ですが、なるほどブルーバックスから世に出られたんですね。
篠木が前回、都筑卓司さんがブルーバックスを代表する著者だとお話ししましたが、都筑さんは残念ながら2002年にお亡くなりになられています。まったくの偶然ではありますが、相前後するように池谷さんが登場した形になりました。都筑さんが20世紀のブルーバックスを代表する書き手とすれば、池谷さんは21世紀のブルーバックスを代表する著者ということになると思います。
その2「重力波を30年前から企画していた?科学系新書「ブルーバックス」の企画力を支えるものとは」に続きます!
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