重力波の本を30年前から企画していた?科学系新書「ブルーバックス」の企画力を支えるものとは

前編に続き、編集部への独占インタビューを通じてブルーバックスの魅力に迫ります!
編集者Kさんから54年の歴史を現場視点で掘り下げつつ、時代に機敏に対応してきた様々なエピソードを伺いました。今回は、著者の選定やタイトル・カバーデザイン決定などブルーバックス制作の「裏側」をご紹介します。

ブルーバックスの様々な人気タイトルをプレゼントする企画も実施いたしますので、最後までお見逃しなく!

創刊(1963年)〜90年代まで
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2000年代〜現在まで
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取材・文・撮影/ブクログ通信 編集部 持田泰 猿橋由佳

編集会議の裏話!?

-ブルーバックスの編集会議では、「著者」の選定はどういう形でなされているのでしょうか。

編集部として、特別に著者選定会議といったものがあるわけではありません。個々の編集者が、興味をもったテーマごとに企画を立案し、その企画に最もふさわしいと考える方に執筆を依頼する形をとっています。

-なるほど。執筆を依頼する著者がかぶったりすることはあるのでしょうか。

依頼したい著者が重なることは、あまりないですね。ある研究者に興味をもって、下調べをしている段階で、他の編集者が企画を出したりすることはありますが、編集会議で完全にバッティングしてしまうことはほぼないと思います。

-各編集者が様々な企画案を出すというのは、たとえば今年は3本、この先生方に依頼しようといった計画のようなものがあるのでしょうか。

個々の編集者ごとに、今年はこの著者と、こういう本を出していこうという計画はもっています。理想的なイメージとして、この著者とこういう本を出せたらいいなという、「脳内ドリームオーダー」のようなものはつねにもっていますが、そう簡単には実現しません。ブルーバックスが扱う科学のジャンルでは、読者は「誰が書いているか」よりも「何が書かれているか」を優先する傾向にあると思います。そういう意味では、どんなテーマが今求められているか、これから求められるか、という視点から、個々の企画を考えていくケースが多いですね。

-そういう傾向ですと、他の編集者と実現したい企画のテーマが重なるケースが多そうですね。

そうですね。「ブルーバックスあるある」として、「誰もが一度は出したことがあるテーマ」というのがあるんです。最近話題になった科学ニュースとして、2016年2月の「重力波」初検出がありますが、この重力波も、「誰もが一度は出したことがあるテーマ」の一つなんですよ。なにしろアインシュタインによって約100年前に提唱された概念なので、古くは80年代くらいから企画が出されていたようです。私も、90年代後半に提案したことがありますが、当時はまだ、現実的にその存在をとらえる段階になく、一冊の本としてドラマチックに語れるかどうか、疑問が呈されて採案にはいたりませんでした。今回は、いよいよ捕捉が間近に迫っているという見込みがあり、事前に仕込みができていたことで、検出から半年後の9月に、安東正樹さんによる『重力波とはなにか 「時空のさざなみ」が拓く新たな宇宙論』(2016年)をタイミングよく刊行することができました。

安東正樹『重力波とはなにか 「時空のさざなみ」が拓く新たな宇宙論』(2016)

-そのように理想的な流れの中で刊行できた書目は他にもありますか?

90年代でいえば、足立恒雄さんの『フェルマーの大定理が解けた!』(1995年)がまさしくそうです。360年間にわたって誰も解けなかった「フェルマーの最終定理」が、1994年にアンドリュー・ワイルズによって証明されたのですが、同書はその翌年に刊行することができました。初版4万部があっという間に書店から消えてすぐさま増刷がかかるなど、すさまじい反響ぶりでした。強いテーマなので、現在も現役の書目として、幅広い読者に読まれています。

タイトルを迷い始めるとテーマ自体が揺らぐ。タイトルは本の「顔」にすぎないけれど、「されど顔」

-『重力波とはなにか 「時空のさざなみ」が拓く新たな宇宙論』『フェルマーの大定理が解けた!』などのようにストレートにタイトルをつけた書目がある一方で、『イカはしゃべるし、空も飛ぶ』(奥谷喬司 2009年)のようにユニークなケースもあります。タイトルはどうやって決めていくのでしょうか。

タイトルは企画立案の段階で各編集者が決めて、編集会議に提案する形を採っています。そのまま採用されることもあれば、変更する場合もあります。最終的に刊行されるタイミングで改めて、もっといいタイトルがないかと、思案をめぐらせることもあります。
振り返ってみると、読者の支持を得て、部数を伸ばしていく書目は、企画段階からタイトルにブレのないものが多い印象ですね。面白いもので、タイトルに迷い始めると、企画の根本であるテーマそのものが揺らいでくることがあるんです。タイトルは本の「顔」にすぎないともいえますが、そこはやはり、「されど顔」なんですね。

奥谷喬司『イカはしゃべるし、空も飛ぶ―面白いイカ学入門 〈新装版〉』(2009年 ※現在電子版のみ)

-著者とタイトルを協議することはあるのでしょうか。

もちろんあります。最終的にはその方の著作として世に出るものですので、納得を得られないタイトルでは刊行できません。ただ、ブルーバックスの場合は、テーマを明確にしたうえで執筆を依頼していますので、すんなり決まるケースが多いと思います。依頼したときのタイトルが明確であればあるほど、著者としても書きやすいようです。そういうふうに理想的にできあがった書目は、本としての背骨がしっかりしていて、読み応えも増していく傾向にありますね。

-「正しい答え」よりも「正しい問い」こそが大事だという話にも通じますね。急遽タイトルを差し替えたりするのはあまりよくないんですね。

とはいえ、ギリギリのタイミングでタイトルを変更するケースももちろんあるんですよ。そのパターンでうまくいった代表例として『大人のための算数練習帳: 論理思考を育てる文章題の傑作選』(佐藤恒雄 2004)があります。販売戦略を練る会議の席上、当時の営業担当者が「この本はビジネスマンに手と取ってほしいから『大人のための』とつけたほうがいい」という、具体的な提案をしてくれました。これを採用したところ、瞬く間に12万部のベストセラーになったんです。「ビジネスマンに手と取ってほしい」という営業担当者の目論見どおり、本書は、羽田空港へ向かうモノレールに乗り換える浜松町の駅ビル書店から火がついたんですよ。

佐藤恒雄『大人のための算数練習帳: 論理思考を育てる文章題の傑作選』(2004)

-すごいですね!マーケットインの成功事例ですね。

新書では珍しいカバー絵!2000番を越えてさらなる進化!

-ブルーバックスはカバー画も様々でユニークですよね。どのように選定されているのでしょうか。

ブルーバックスには、もう20年以上カバーデザインを手がけてくださっている装幀家さんがいらして、個々の書目ごとにゲラ(試し刷り)を元にアイデアを出し合っています。カバー画の決め方は、編集者ごとに違いますが、編集サイドのイメージが明確な場合であれば、イラストレーターの方々と直接やりとりさせていただく場合もあります。ちなみに、現在の新書では、カバー絵を載せているブルーバックスは少数派なんですよ。

-そう言われればそうですね。

21世紀に入って、特にここ数年で、カバーデザインはどんどんユニークになってきています。最近では、ベースのデザインを超えて、全面装幀になっているものも少なくありません。近刊では、鎌田浩毅さんの『地学ノススメ 「日本列島のいま」を知るために』(2017年)が、従来にない斬新なカバーになっています。

鎌田浩毅『地学のすすめ』(2017)

-これは確かにブルーバックスの本とは思えないですね。

火山学を専門とする鎌田さんは、東日本大震災を境に日本列島が「大地変動の時代」に入っていること、複数のプレートがひしめく、恐るべき地理的条件にあるこの国に住んでいるにもかかわらず、学校で教わる機会が少ないままに、多くの日本人の「地学リテラシー」がきわめて低いことに警鐘を鳴らされています。鎌田さんならではの内容を強調するために、それに適ったカバーデザインをと、大胆にチャレンジしています。

今後の展望

-それでは、最後に編集者として今後どういったものを出されていきたいですか?

ブルーバックスには、「科学をあなたのポケットに」というキャッチフレーズがあります。これ以上に明確で、シンプルな理念はないと思っています。私自身、文系出身でもともとは科学に疎いタイプの人間でしたが、先輩たちが連綿と編んできた過去のブルーバックスから科学の面白さに目覚め、まさしく「ポケットに入れて歩きたい!」と思うほどに親近感を覚えてきました。一人でも多く、同じような体験をしてくださる読者が増えるように、シリーズの理念を具現化するような本を編んでいきたいですね。

-頑張ってください!本日は貴重なお話ありがとうございました!


ブルーバックス編集者Kさんの視点からさらに掘り下げたブルーバックスのサイドヒストリーはいかがだったでしょうか。ブルーバックス編集部ブクログ独占インタビューはまだ続きます!次回はブルーバックス編集部から初学者の方は必見!ここから入ると分かりやすい!ブルーバックス選書のコツなどを公開します!来週配信予定です。乞うご期待!

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