こんにちは、ブクログ通信です。
2017年1月、自身の私生活を赤裸々に綴った私小説『夫のちんぽが入らない』で鮮烈なデビューを飾った主婦・こだまさん。彼女が2018年1月に2冊目の単行本、『ここは、おしまいの地』を刊行しました。前著とは異なり、自身の故郷「おしまいの地」を独特の感性で描き、そこに住む肉親や知人、そして信じられないような体験の数々を暴露しています。
ブクログ通信で、こだまさんにインタビューを試みました。インタビュー前編では、こだまさんのデビューまでの経緯を改めてお伺いし、「おしまいの地」とはどんな場所かを伺いました。そして交友がある爪切男さんとの逸話についてもお伺いしました(なおブクログでは過去、爪さんにもインタビューを行っています)。こだまさんを読んだことがない方も、もう読んだ方も、ぜひご覧ください。
取材・文/ブクログ通信 大矢靖之
1.私に書けるのは1つしかない─デビューまでの経緯
─まず、こだまさんがデビューするまでの経緯をお聞きしてよろしいでしょうか。
私は病気で仕事を辞めてから、ずっとブログを書き続けてきたんです。それから、40歳手前くらいで「文学フリマ」(以降、文フリ)っていう存在を知り、素人の人たちが自分たちで本を作れる場所があることを初めて知ったんですよね。
私は地方在住なので、東京でそういうイベントに独りで参加することはできないなって勝手に思っていた。そこで、「イベントに誰か一緒に出てくれませんか?」ってTwitterで私が呼びかけたんです。
すると昔からの知り合いが連絡をくれて。ネットで知り合い繋がった爪切男さん、たかさん、のりしろさんの4人で本を出そうということになりました。出すからには、普段ブログに書かないような話を持ち出そうと。それぞれがかなり恥ずかしい話を持ち出した中で、じゃあ私に書けるのは1つしかない。『夫のちんぽが入らない』(笑)。こんなの書いたら誰も読んでくれなくなると思っていたことも、同人誌なら書けると思ったんですね。
─各所で書かれている通り、ブログを書いていることも、文フリに行ったことも、旦那様や家族の方には一切言ってなかったんですよね。
言ってないですね。
-それは今でも?
そうです。
─こうして生まれた文フリの『なし水』は非常に人気で、売り切れてしまったそうでしたね。
タイトルが奇抜だったこともあったんでしょうね。ふざけたタイトルと真面目な内容とのギャップに驚かれたと多くの方がTwitterでつぶやいてくださいました。同人誌自体の面白さや数百冊しか刷らなかったこともあり、想像以上の反響でした。
2.『夫のちんぽが入らない』『ここは、おしまいの地』刊行までの経緯
編集さんから直接お声がかかったのは『なし水』刊行の1年後くらい、2015年です。「何か書きませんか?」って初めて言ってくださったのが、『クイック・ジャパン』(太田出版)の担当さんでした。それが『ここは、おしまいの地』の原作にあたる連載に繋がったんです。
─1冊目の著作『夫のちんぽが入らない』の元になる『SPA!』(扶桑社)連載との時期は?
連載の依頼はほぼ同時だったんですよね。掲載された時期は『クイック・ジャパン』が6月、『SPA!』は8月。
-そうだったんですね。一方では『SPA!』の連載が、『夫のちんぽが入らない』書籍化に結びつく。他方では『クイック・ジャパン』連載が、『ここは、おしまいの地』書籍化に結びついたんですね。
初めて『クイック・ジャパン』からエッセイの依頼をいただいたとき、すでに締切が10日後くらいに迫ってたんです。だから、誰かに断られて、私にまわってきたのかなと。きっと1回限りの依頼だろうなと勝手に推測してたんです。
─「勝手に」なんですか?
……私は何でも思い込みが激しいので。だから1回きりだったら自分の一番書きたいことを書こう、ということで父の生態というか、とぼけた父のことを書きました。
短い話の中でエピソードを詰め込んで、まあ二度と声はかからないんだから面白い話を書きたいな、と思って書いたんです。もう声かからないから、っていう気楽さと開き直りが良かったかもしれないですね。
─ちなみに『SPA!』と『クイック・ジャパン』で内容を意識して書き分けていったんでしょうか?
『夫のちんぽが入らない』の書籍化の話をいただいてからは、『クイック・ジャパン』には夫婦の話を書かずにいたんですよね。なるべく抑えました。夫婦の話は『夫のちんぽが入らない』でして、それ以外、自分の身近なことは『クイック・ジャパン』に書いていこうって書き分けがありました。
─そして『夫のちんぽが入らない』が先に刊行されたんですね。ちなみに『クイック・ジャパン』長い連載の間に担当さんも2人変わったそうですね。
はい。これまで3人の担当さんにお世話になっています。毎回驚くほど自由に書かせていただいています。「次の題材はこれにします」と担当さんに提案するとOKをいただき、提出してもほとんど修正が入らず。ずっと「いいの?」思いながら書いてます。どういうわけか私が東京に来るときは嵐や寒波に襲われることが多いです。
─巻き込まれ型を地でいってるかのような……。上京していることはご家族に隠していると作中に書いていましたね。「実家に帰る」と理由をつけているとか。
そうですね。
-その都度「実家に帰る」って説明しているんですか?
そうですね……。普通の家族だったら「どこ行くの?」って、もっとちゃんと聞くんでしょうけど、私と夫は元々、お互いあまり深く詮索しないところがあるんです。「あ、そう。じゃあ明日帰るんだね」とかそれくらいのやりとりで、家に帰ってきてもまったく何も聞いてこない。そういう夫婦関係だから今のやり方が実現できてるっていうのはあります。
3.自分の人生自体がもう終わってるなって思っていた─「おしまいの地」のこと
─今回も、装丁が印象的な作りになっていますね。木々が骨のように見えるというか…「おしまいの地」って様子を最も表現しているような感じがします。
7年前、旅先で「いい感じの寂しさだな」と思い、撮りました。生まれた集落によく似ている風景ではありますね。
─寂寥感というかそういうものを感じます。書籍を読んだ後だと、その感覚はより強くなっていきますね。吹雪いてるかのようでもあるし、どこまでもこの光景が広がっていくんだろう、とも。
人がいない、建物がない。ただ自然の力に圧倒されました。生まれた所もそんな所なんですよね。
─そして唐突に家が数件、ごっちゃりと密集してるところがある。そんな田舎の風景を思い出しました。表紙カバーを外した時にも驚きましたが、それは購入者の楽しみのため、とっておきましょう。ちなみに、「おしまいの地」という表現にはどんな思いを込めているのでしょうか。
学校は荒れ、ヤンキーばかりで勉強するような雰囲気じゃない。地理的にも文化的にも「おしまいの地」だなと思っていました。
─最果ての地、閉ざされた限界集落としての「おしまい」って、未来のなさと行き場のなさとしての「おしまい」ですね。
けれども地方都市に出てみると、みんなが色んなことを知っている。都会の中に混ざった気持ちが生じて、さらに自分のコンプレックスが増えたんですよね。なかなかそれが埋まらず、私は本当に田舎生まれで何も知らずに育ったんだなぁ、という思いを抱えてたんですけど。
集落の暮らしや習慣って、よその人には面白く映るんだなと知ったのはブログを書くようになってからですね。そこから派生して家族や同級生、ヤンキーのことも書くようになりました。
─作中でも述べてらっしゃったように、ここは「おしまいの地」で、「おもしろの地」でもある、という気づきがあったんですね。
離れてみて何十年も経つと、そこが面白い場所だったんだって、ようやく気づきました。おしまいだけれども希望や面白さもあるっていうことがようやくわかってきたんです。
でも当初、私は全然何も考えずに「おしまいの地」って表現を使っていたんですよ。
-そうなんですか?
はい。だから質問の答えに困っていました(笑)。書いてるうちに、特にこの言葉を印象づけようという気持ちもなく、自然に出てきた言葉だったんです。
それは多分、ずっと自分が思ってたことだったんだと思います。確かにずっと……。
私は自分の人生自体がもう終わってるな、って思っていた。病気もしてるし、仕事も続けられないし、人とも付き合えない。生まれ育った所も終わってる。
書いてるうちに、そういう人生でも面白く生きればいいんじゃないかと思えるようになってきたんですけどね。
─諦念の地、終焉の場として念頭にあったことが、「おしまいの地」という表現に結びついたのかもしれませんね。
4.オフ会初体験のこと─ネットがこだまさんに与えた影響
─ちなみに” If ”の話でしかないのかもしれませんが、もしインターネットという環境が生まれてなかったら、こだまさんは今どうなっていたと思いますか?
ノイローゼですよね(笑)。発散の場所もなく、人との関わりがゼロだったと思います。
-ネット環境がない頃は、自身の何かを書きとめたり、執筆する作業はしていたんでしょうか?
小学校高学年から大学卒業までほぼ毎日、日記を書いていました。友達が一人もいなかったので、ノートの中の誰かに向かって話しかけるように書いていた。だからブログという機能は自分にとても合っていたんです。昔から、知り合いに自分が書いたものを見せたいっていう気持ちは一切ないんですよ。だから、知らない人だけが読んでくれるブログや同人誌で書けるのはすごく嬉しかった。
─そこからオフ会も開かれて、いろんな人と会うようになっていったんですね。
そうなんですよね。知り合いとは全然喋れないんですけど、こういうネットを通じた人だと話せる。
─最初にネットの人と会う、初体験はどんな感じだったんでしょうか?
オフ会の初体験は、地元の人たちだけが来る、全然いかがわしくない、チャットからでした。若い人や年配の人が参加してる地元のチャットで、「バーベキューやります」って書かれてたんですよ。どういう人たちなのか観察しようと思ってバーベキュー会場の川原へ行ってしまった。
─ハンドルネームで参加ですか?
特に意味はないんですけど「新撰組」というハンドルネームでした。死にたくなります。
-本名はもちろん言わずに。
はい(笑)
─それからネット活動が始まり、爪切男さんや、いろんな方と交友関係が生まれたんですね。作中印象的だった表現で、そういう交わりのなかで失われた高校時代、大学時代の交友関係みたいなものを取り戻したかのような…、そういう書き方をされてましたよね。
そうですね、はい。友達がいたら学校の放課後ってこんな感じだったのかなと思いました。
-実際にサークル感がある密接な関係に入ったということなんですか。
お互いネット上の知り合いでした。3人ともすごく面白いブログを書く人たちで。だから会っても全然違和感なく昔の話をしたり、「これ面白いね」って言い合ったり、年齢も住んでる所も違うけど、気の合う人たちだな、と思いました。
5.爪切男さんとの逸話
こだま『ここは、おしまいの地』(太田出版)
爪切男『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)
刊行記念フェア!と、明日、季節外れの花火を打ち上げ盛大に燃え上がるはずが、ご覧の通り飾りつけと入荷数(5冊)が盛大なギャップ萌えを引き起こしております!(『ちんぽ』だらけ)(爪さんに至っては明日の夜入荷) pic.twitter.com/7ombFBlZsv
— ときわ書房志津ステーションビル店 (@tokiwashizu) 2018年1月24日
(こだまさんの『ここは、おしまいの地』発売時、多くの書店が爪切男さん『死にたい夜にかぎって』との併売を試みました。一番有名なのは「ときわ書房志津ステーションビル店」発売当初の展開)
本屋さんの配置ですが、私の本とこだまさんの新作「ここは、おしまいの地」と並べて置いてくださっている本屋さんが多いようで嬉しいです。多くの人とのめぐり合わせがあって私は本を出せました。そのめぐり合わせを運んできてくれたのはこだまさんです。「ここは、おしまいの地」是非買ってください。
— 爪 切男 (@tsumekiriman) 2018年1月24日
─爪切男さんとこだまさんは、こういうタイミングで同じ時期に本を出して、お互いにTwitterで応援し合ったり、リツイートとかし合ったり、すごい美しい関係ですよね。爪さんとの逸話をお聞きしていいですか。
爪さん……爪さんは、なんだろうな……。メンタルをやられた女の人を適切にケアしますね。ナースみたいな優しさで。以前、飲み会にいた女性2人が「ちょうど弱っていたとき爪さんに励まされた」と言ってたんです。爪さん、どんだけ嗅覚が鋭いんだって思いました。だから「私だけ励ましてもらってない!爪さんからメールもらったのは、お金の相談のときだけ!」と言ったら「初めて本音をぶつけてくれた!」って爪さんは喜んでくれた。それから少しだけ距離が縮まりました。
─面白い話ですけど爪さんの喜びがなんか錯綜してる気もします……。
でも思い返してみたら、私も辛い時期にちゃんと励ましてもらってたんですよね。あとでそのことに気が付いたけど、面白いから「私には金の相談しかしない」って言い続けようと思う。
─いい逸話ですね。あと、『なし水』を書く時、他のメンバーから「もっと突っ込んで書け」というメッセージをもらった話があったとも聞きます。それは爪さんだったのでしょうか。どういう経緯だったんでしょう?
そう、爪さんが関わってたんです。最初『なし水』は同人誌なのに、ブログの再編したものを私が載せようとしたんですよね。それを聞いた爪さん、たかさん2人から電話がかかってきて、「何を考えてるんだ。せっかくの同人誌なんだから思い切ったことを書きなさい」って。すごく……半分脅しのような言い方で(笑)
─そんな逸話があったんですか。
発破をかけられて、私はこのままじゃダメなんだって気がついた。そうして『なし水』の「夫のちんぽが入らない」が生まれたので、爪さん達2人は私の作品の生みの親なんですよね。厳しく言ってもらえたから「もう書くしかない! 見放されたくない!」って本気で取り組んだ。怒られてなかったら、このちんぽの話は生まれなかった。絶対こんな恥ずかしい話は書いてなかったです。
-単行本『夫のちんぽが入らない』は生まれておらず、『ここは、おしまいの地』が生まれる可能性もなかったことになると。
なかったですね。怒られたことがきっかけですね。
-でもいい話ですね。決定的な瞬間だったんですね。
遠隔でビンタされた気分でした。目を覚まさせてくれた恩人です。
─他方で、半分冗談ながらも、文句の言い合いというか罵倒のし合いというか、そういうやりとりも……。
爪さんもTwitterに「私には金の相談だけ」発言を書いていましたね……(笑)。
昨夜は、お世話になっている担当の高石さんが出演されるイベントを観に、高円寺パンディットに。終了後、なぜか会場に居たこだまさんを含めた皆様と始発まで遊びました。「爪さんは金の相談しか連絡をくれない」というこだまさんの言葉、忘れません。ようやくこだまさんと本当に仲良くなれた気がします
— 爪 切男 (@tsumekiriman) 2017年10月29日
爪さん、重版おめでとうございます。よかったな。先週再会したとき「そんな色の服着るようになったか」「調子乗ってるのか」などとからかわれたので、今度は私も爪さんに言っていこうと思います。とにかく、おめでとう。
— こだま (@eshi_ko) 2018年1月30日
こだまさんとのインタビューは後編に続きます。「言えないからこそ私は書いている─こだまさん『ここは、おしまいの地』刊行記念インタビュー後編」では、爪さんとこだまさんの関係について更に切り込んでインタビュー。そして、こだまさんにとって「書く」ことの意味、「書く」ことの喜びと苦しさについて、さらに次回作についてもお伺いします。お楽しみに!
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