第156回直木賞、2017年本屋大賞に続き、『蜜蜂と遠雷』で第5回ブクログ大賞小説部門を受賞された恩田陸さん。文章からあふれる豊かな音の世界に、心をふるわせた方は多いのではないでしょうか。このうつくしい物語がどうやって作り上げられたのか、そして恩田さんがどんなことを大切にされながら執筆されていたのか。前編では作品の舞台裏についてお話しいただきました。『蜜蜂と遠雷』がもっと楽しめる、インタビュー後編です。
取材・文・撮影/ブクログ通信 編集部 持田泰 大矢靖之 猿橋由佳
「風間塵が野原に立って蜜蜂の羽音を聴いてる」イメージから、タイトルを決めた

―『蜜蜂と遠雷』というタイトルについてもう少しお伺いします。「蜜蜂」というのは作品の中で、いろんなイメージを重ねられながら描写をされているように思います。蜜蜂は世界を祝福する音符である、とも描かれていましたが、「蜜蜂」というのは花から花へ飛び回ってどんどん受粉させていく生き物でもあって、そのイメージが重ねられているようにも思えました。実際劇中の塵君も、人と人とどんどん触れ合って、あたかもそれは触れ合った人物たちが才能を重ねて受粉していくかのようでした。「蜜蜂」という言葉をタイトルに入れると決めたときどれくらいのイメージをし、射程をつけられていたのでしょうか?
痛い質問(笑)。あまり深く考えてなかった(笑)ただ「風間塵が野原に立って蜜蜂の羽音を聴いてる」というのが最初に浮かんだイメージなんですね。それが天然な少年、ってイメージもあって「蜜蜂」ってタイトルをつけたんです。そこまで深読みされると……いや、ありがたいですけど(笑)
―人と人との出会いも、「才能」を磨いたり、寄与するものの材料と捉えていらっしゃるのでしょうか。
はい、やっぱり人間同士でしか影響できないものってある。一生懸命いろいろ勉強していても、やっぱり最後はダイレクトに人に会って、出会うことでしか影響できない、学べないものはすごくあると思う。
―そういえば別のインタビューで、『蜜蜂と遠雷』は作家として人間につきまとうドロドロを一切排除して小説を書きたかった、という言及がありましたが。
そうですね(笑)。今回はトラウマ系はすべて排除して。悪い人は出てこないし、純粋に音楽に特化して書こうと思って、その背景だとか、そのトラウマがあってすごい演奏しましたみたいな、そういうのはやめようって思って。
―基本的には、ネガティブな要素が出てきたとしても、それはある種乗り越えるべきもの、基本的にはみなポジティブ。ですよね。それがいろんな人に受け入れられた要因だとも思うし、このさわやかな読後感にもつながっているんだろうなと思いまして。
はい。トラウマなしで。ドロドロなしで(笑)
―そのドロドロなしで(笑)、亜矢の才能を最後に開花させたのはやはり風間塵なんですね。
そうですね。やはり最後、覚醒させたのは風間塵です。
―また別のインタビューの中で出てきたのが、恩田さんが二次予選でその風間塵を敗退させるつもりだったとか。
最初の頃は三次で落とそうとも考えていました(笑)。
―意外です(笑)。その風間塵、栄伝亜夜、マサル・カルロス・レヴィ・アナトールが本選に進み、最終その勝者は……。
意外と驚かれた方も多くて、でも私としては腑に落ちた結果なんですけどね。とある音楽の先生も「これは順当な結果ですよ」って言ってくれました(笑)。
―なるほどなるほど。
やっぱり勝者は圧倒的に技量も人気があったということですね。
才能とは、続けることだと思う
―他のインタビューの中で、才能とは、続けることだと思っているという言及がありました。
はい、そう思っています。
―そういった「続けること」については、登場人物は皆、コンクールを通して音楽に立ち戻っていき、そして物語自体は完結するけれど、全員がさまざまな方向に続いていく、続けていくという、その「才能という個性」の物語だなあとも思いました。
そうなんです。コンクールでの演奏を聴いていると、見る間に成長していくタイプの人もいるし、その時点からものすごく完成されたタイプの人もいるし、本当に面白いなあと思っています。
―実際、コンクールでもあのような形で「才能」が現れたりする感じなんですかね。
そうですね。やっぱり登場人物の一人ジェニファ・チャンみたいな人、「ものすごい上手なんだけど、なんかつまんない」っていうタイプの人とか、「ものすごいテクニックはあるんだけれども、なんかフッと集中できない」っていう人もいる。やっぱり「才能って何なんだろう?」ということをコンクールに対してずっと考えていました。だからやっぱり審査員の先生ってすごいなって思う。そこで選んだ人が出世していくわけだし。前の人の演奏とか、その次の人とか、順番とかも含めて、わりとすごく偶然とかに左右されるところもあるんだけれども、でも本当に才能ある人ってやっぱり「才能」があるんだなと。本当にいろいろ考える。いろいろ考えちゃいますね、コンクールって。
―そのあたりの「才能」の幅とか質とかを作品全体で描かれているというところが素晴らしいなと思います。コンクールの順番についても、一番目のコンテスタントが残ったという意外性っていうことを作品でも確かに言及していましたよね。
ええ、ええ。
―その音楽に関わる人の「才能」の幅や質含め、あらゆる様子を描こうとしていたのは作品当初からの狙いだったのですか。
そうですね、やっぱり「才能」については書いてみたいって思っていて、でもひとくくりに「才能」っていってもいろんな方向があって、それこそ合奏のほうが得意な人とか、伴奏とかのほうが上手な人とかもいるし。みんな方向性が違うというのに、そこから誰かを選ぶっていうのが大変なことだなって。まあ、なんでもそうですけど。「才能」についてのことはすごく考えます。
―「才能」を輝かせた彼らは物語のラストのあとも、さらに「才能」を大きく開花させていくのであろうと思います。その後のピアノ独演会のマサルであるとか、フランス郊外の農園でピアノを弾いている風間塵とか、そんなスピンアウトストーリーは期待できたりしますか?
どうなんでしょうね(笑)。書いてみたいってのはありますよね。彼らがその後どのような演奏家になるかっていうのは。
―何歳くらいのイメージですか?
何歳なんでしょうね。十年後くらいとか(笑)
―物語はここで美しく完結しているのでこのままでも素敵ですが、先ほども申し上げたとおり、この作品の連載が始まったときは二十歳であった亜夜が、今はアラサーぐらいですよね。彼女が次のステージでどういう感じに成長していくのかってのは、多分恩田さんの次の作品をすごく楽しみにしている人の中にも、その登場人物に深い愛着を抱いちゃった人たちにも、大勢いるような気がします。
そうですね(笑)。ほとぼりが冷めた頃に、考えてみます(笑)。
―小説を読んでいて音楽をすごく聴きたくなったんですけども、すでにプレイリストが存在しますよね。
そうですね、あと全集のCDも。でも、Youtubeで曲探して聴いてたって方がすごくたくさんいらしゃいました。
―そうでしたね、僕も最初はこれを読み始めたときに、「言葉で音を鳴らすんだ」と思いましたので、なるべく聴かないでいこうかなと思いましたけど、途中でダメでした。全部聴いてみたくなる。あ、こういうことなのか、あ、ここでのことを言っていたのかな、みたいなことが非常にクリアになりました。
メロディーがわかったところで、本当にどういう演奏かっていうのはそれぞれ違いがありますからね。
そうですねえ。
これから書いていきたい作品について
―今後、あらためて音楽に関わる作品について、やってみたいってことはありますか。
いまバレエの小説を準備していて、バレエも音楽を必要とするので、こっちの音楽も書いていかなきゃと。
―なるほど。今後も芸術小説的なもの、「表現者を表現する」ようなものを書かれるんですね。
そうですね。これもやっぱり「才能」って観点から考えちゃっています。バレリーナという「才能」について、ですね。
―音楽の世界と似ていますか?
バレエは必ず肉体の衰えがダイレクトに反映するジャンルなので。歳を重ねて芸術性が高まっていくんだけども、その半面、身体的な能力はもう見る間に落ちていくっていう。いつまで踊れるか。そこがものすごく厳しい世界だなあと。五十過ぎている人もいるんですけども、引退する人はもう四十歳くらいで引退しちゃう。すごく厳しいですよ。
―そこでも恩田さんの小説観にも近い芸術観が出てきたりするのでしょうか。
やっぱり音楽もバレエも、共通するものはありますよ。
―今取り掛かっているバレエ小説も、やはりネガティブな要素はない?
その予定ですね。やっぱり、その踊るってことがどういうことなのか。っていうことをテーマに書く形になるとおもいます。そういったネガティヴな要素は邪魔とまでいわないにせよ少々面倒くさいんですね(笑)。
―バレエっていうと何となく映画「ブラックスワン」のイメージじゃないですけど、何かすごくドロっとした(笑)イメージをしてしまうとこもあります。
そうですね。トゥシューズに画鋲を入れるようなね(笑)。
―そうそう怖いのですね(笑)
うん、そういうのはもちろんナシで(笑)。
―音楽もそうですよね、他の音楽小説もやっぱり業界の何かドロドロとした部分を描いているところがありますよね。それを削ぎ落とすからその上の「美しいもの」が描けたということですかね。
そうであってほしいと思います。
―バレエの小説はもちろん、今回の作品のスピンアウトの、三十歳になった亜夜の姿なども、ぜひ見てみたいと思います。次回作が楽しみです。本日はありがとうございました!
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