自伝『CRISPR(クリスパー)』からノーベル賞候補、ジェニファー・ダウドナさんの業績と貢献を振り返る!

ノーベル化学賞は範囲が広く、事前予想が難しいジャンルといわれています。その中でもノーベル化学賞の有力候補として挙げられる研究者がいます。その名は、ジェニファー・ダウドナさん(Jennifer A. Doudna)。

彼女の著作が一冊翻訳され、なんと2017年のノーベル賞発表日と同じ日、10月4日に発売されました。画期的技術を開発した彼女の手記、『CRISPR(クリスパー) 究極の遺伝子編集技術の発見』です。出版元の文藝春秋さんは、最高のタイミングで翻訳を発売しました。今年こそ受賞を逃しましたが、今後の化学賞有力候補であることは間違いありません。

今回のブクログ通信は、この書をもとにジェニファー・ダウドナさんの業績を要約し、ご紹介します。

参考リンク

・ジェニファー・ダウドナさん研究室のサイト(英語) http://rna.berkeley.edu/index.html
・「Chem-Station」世界の化学者データベース ジェニファー・ダウドナ 
https://www.chem-station.com/chemist-db/2015/09/-jennifer-doudna.html

ジェニファー・ダウドナさん

1964年生まれ。カリフォルニア大学バークレー校化学・分子細胞生物学部教授、米国科学アカデミー会員、ハワード・ヒューズ医学研究所研究員、ローレンスバークレー国立研究所研究員。専攻分野は、主として分子生物学、細胞生物学。トムソン・ロイター引用栄誉賞、ガードナー国際賞、日本国際賞など受賞歴多数。
もともとは動物のウイルス感染の防御としての「RNA干渉」を研究していたそう。ところが、「そのRNA干渉に類似した点があるのではないか」ということで「CRISPR」(クリスパー)について問い合わせが入ったことを機縁に、自らの研究室においてCRISPRの研究を行うことを決断しました。

ダウドナさんは、クリスパーが細菌がウイルスに感染しないために進化させた防御システムであること、そしてその機能を突き止めました。しかし、その免疫システムは遺伝子編集技術に転用できることが判明し、研究発表しました。結果として、その遺伝子編集技術「CRISPR-Cas9」(クリスパー キャスナイン)は遺伝子治療やマンモス等の絶滅動物の復活プロジェクト、農作物の改良などに応用されてきたのです。

『CRISPR(クリスパー) 究極の遺伝子編集技術の発見』

しかしながら『CRISPR(クリスパー) 究極の遺伝子編集技術の発見』によれば、ダウドナさんは以下のように考え始めたそうです。

「私たちの発見によって、遺伝子編集は簡単になりすぎたのだろうか? 科学者は、実験の正当性や影響を深く考えもせず、新しい研究分野に見境なく飛びついているのではないか? CRISPRは、とくにヒトゲノムと関わるところで誤用、濫用されることはないだろうか?」(p.238)

次第に彼女は、「科学者が適切な監督が行われていない状況で、またリスクが十全に考慮されないうちに、十分に考え抜かれていない無謀な実験を通して、時期尚早にCRISPRを導入してしまう」危険、そして「CRISPRが効果に優れ使いやすいがゆえに、濫用または悪用される危険」を懸念しはじめました(p.251)。事実、中国の研究者によってヒト胚にCRISPRを使った論文が発表され、その懸念は本当のものになったのです。アメリカの諜報機関もこの遺伝子編集技術について、国家に大きな脅威を与えるおそれのある「第六の大量破壊兵器」と評したのです。

ダウドナさんもこの破壊的技術CRISPRを、核兵器になぞらえて考えるようになります。そして、大混乱が生じるまえに対策を立て、技術の暴走と自滅を防ごうとしたのです。様々な活動を経てダウドナさんは、科学者に対してヒトゲノムに遺伝可能な改変を加える研究を自粛するように呼びかけ、積極的に発言と議論を繰り広げ、専門外の人々との積極的交流に努めるようになったのです。

彼女は科学技術についてこう記しています。

「本質的によい技術や悪い技術など、ほとんど存在しない。重要なのは、それをどう使うかだ。そしてCRISPRに関して言えば、私たちの想像力が許す限り、どんなよい可能性、悪い可能性をも追求することができる。人間がこの力を悪いことではなく、よいことのために使うはずだと私は確信しているが、そのためには私たちが個人として、集団として、それを決意する必要があることも認識している(…)人類の遺伝的未来をコントロールするこの力は、畏怖の念、恐怖の念を起こさせる。それをどのように扱うかを決定することは、私たちがこれまでに挑んだ最大のチャレンジになるだろう。私たちがその責務を正しく果たせることを願い、信じている」(pp.299-300)

ダウドナさんの取り組みは今なお続いているそうです。彼女の業績とその真価は、CRISPR技術の開発と応用可能性を示しただけでなく、その正しい方向性やリスクコントロールにも取り組んだところにあるのではないか。そう思わされます。

みなさん、興味のあるかたはぜひ『CRISPR(クリスパー) 究極の遺伝子編集技術の発見』を読んでみてくださいね。