こんにちは、ブクログ通信です。
国語の教科書で取り扱われ、誰もが一度は触れたことのある作家・芥川龍之介。日本を代表する文豪は、その名を冠する「芥川賞」でもよく知られています。
とはいえ、教科書以外で芥川作品を読んだことがないという方も多いのではないでしょうか。今回は、35歳という若さでこの世を去った芥川龍之介の人生をなぞるように、発行年順に10作品をご紹介します。短編ばかりですので、通勤・通学やお休み前のひとときにオススメです。
『芥川龍之介(あくたがわ りゅうのすけ)の経歴を見る』
1.芥川龍之介『老年』誰しも若かりし頃があり、そして誰しも老いてゆく

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あらすじ
雪の降るある日、浅草橋場の玉川軒という茶式料理屋では、浄瑠璃の一中節が行われていた。十五畳ほどの座敷に集まった大人たちは、床の間の両側へ向かいあい、右に殿方、左に婦人と分かれている。この日は師匠を前に、おさらいとお披露目をするための会合が開かれたのだった。右の列の末座に座ったのは料理屋の隠居である房さん。隠居らしく一曲目が終わると席を辞した房さんだが、彼には数々の武勇伝があり……。
おすすめのポイント!
東京帝大に在学中、仲間と刊行した同人誌『新思潮』上で発表した本作は、芥川龍之介のデビュー作です。破天荒なプレイボーイであり、粋な文化人であった房さんが今では隠居であるという設定に、無常という価値観が表われています。人生の儚さすら感じさせる作品ですが、発表されたのが弱冠22歳の時。早熟な青年の感性が光ります。芥川龍之介は知ってるけど、デビュー作って読んだことない!という方は、ぜひ読んでみてください。
圧倒的。短編の形式でここまで網羅的に東洋、西洋の歴史を横断できる作家はほぼ居ないはず。この一冊でさえ畏怖を覚える。歴史的な遺産。
2.芥川龍之介『鼻』人が人を笑うのはなぜか

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あらすじ
齢五十を超えた禅智内供には、悩みがあった。それは、鼻が長いことである。15センチほどもあるこの鼻は根も先も太く、ほとんど顔の真ん中に、ぶらりと腸詰めがぶらさがっているようなものであった。長すぎる鼻は実生活において不便なばかりでなく、内供の自尊心をも傷つける。どうにか短くならぬものかと心を砕き、さまざまな試みをしていた矢先、京へ上った弟子の僧が、鼻を短くする方法を教わってきて。
おすすめのポイント!
コンプレックスのある方は少なくありません。なかでも服などで隠しがたい場所に悩みのある人は、内供に共感するところもあるのではないでしょうか。悩んでいることを悟られたくないという内供の気持ちも、内供の鼻を笑う人々の気持ちも、どちらの機微をも細やかに酌んだ本作は、夏目漱石から絶賛を受け、芥川龍之介の出世作となりました。人間の繊細さを描いた本作はそのまま、芥川本人の繊細さ、感受性の豊かさを映しています。
現代の小説とはやはり一線を画す作品。知らない言葉がたくさんあるからこそ注釈を確認しながら読み進めるのだが、それがまたいい。星新一が好きな私にとってはこのショートショートが飽きずに読めてまたよかった。中学生の時以来に羅生門を読み直したが、やはり当時でも引き込まれた面白さは変わらない。鼻も芋粥ももっと早く読んでたらなぁ。中でも邪宗門は続きが読みたかった。
3.芥川龍之介『地獄変』すべては芸術のため

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あらすじ
良秀は、天下一の腕前と都で評判の絵師であったが、一方で、けちで恥知らずな卑しい性格と赤い唇、猿のような佇まいで嫌われていた。ある日、良秀は大殿様から「地獄変」と呼ばれる地獄を描いた屏風絵の制作を命じられる。頭を悩ませながらも八割方を描き終えたあと、良秀は大殿様にあることを訴えた。それは、燃えあがる牛車のなかで焼け死ぬ女を実際に見たいというものだった。『宇治拾遺物語』「絵仏師良秀」に着想を得た名作。
おすすめのポイント!
芥川の中期の作品を代表する本作は、古典をベースに、芸術至上主義的な価値観が強く押し出されています。たとえば今の世の中では「殺し」は悪ですが、倫理や道徳を度外視し、真に芸術的であるということを突き詰めて書かれたのが『地獄変』という作品でしょう。鬼気迫る描写は、気付けば呼吸すら忘れるほどの迫力です。心が掴まれ、何度でも読み返したくなる、強毒性のある一作。パンチの効いた作品を読みたい方にオススメです。
地獄変。その地獄絵図が目に浮かぶ迫力。偸盗。きらびやかで美しい京の都も、こんな荒んだ景色が広がっていたのか。黄ばんだ景色、埃っぽい空気、生ぐさくよどんだ臭い。10代の頃読んだ時とはまた違い、それらが生々しく迫ってきた。
4.芥川龍之介『蜜柑』退屈な人生のうち、かけがえのない一瞬はどれほどあるだろうか

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あらすじ
ある冬の、曇り空の日暮れ。横須賀発、上りの二等客車に乗った私は、疲労と倦怠、人生の退屈を感じていた。前の席には油気のない髪、ひびだらけの頬を赤く染め、霜焼けた手に三等切符を握った小娘が座っている。品のない出で立ちと、二等と三等の違いも弁えない小娘の愚鈍さに腹を立てながら、私は新聞を読む。しかし、小娘は何と隣の席へ移り、あろうことか、トンネルに差しかかろうとしている汽車の窓を開けようとしていた。
おすすめのポイント!
連日仕事へ行き、家へ帰り寝るだけ。そんな生活をしていると、心が乾燥し、世のなかのことすべてが退屈に感じられることがあります。本作の主人公も、そんなふうに人生のつまらなさと疲れを感じているのですが、「小娘」の行動に、心を動かされます。また、今回紹介したもののほかに、立東舎から出ている『蜜柑』では、イラストレーターのげみさんがコラボしており、美しくあたたかな情景のイラストが印象深い一冊となっています。
16の短篇集。凄い作品揃いで圧倒される。文庫本1冊にこれだけのエネルギーを詰め込んだ出版社の心意気に感じ入る。あたかも自身から離脱したもう1人の存在が語るという作風は芥川の特徴なのであろうか?
5.芥川龍之介『疑惑』何から何まで、「疑惑」に満ちている

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あらすじ
十年余り前のこと、実践倫理学の講義の依頼を受け、私は岐阜県の大垣町へ一週間ほど滞在することとなった。滞在地となったのは素封家であるN氏の別荘で、講演のある午前以外は、この閑静な座敷で過ごしている。予定の講演日数が終わろうとしていた夜、取り次ぎもなく一人の男が訪れた。左手の指の一本欠けた、幽霊じみたこの男は、身の上話を聞いてほしいと請い、明治二十四年に起きた濃尾地震にまつわる「疑惑」を口にした。
おすすめのポイント!
あらすじとしては、中村玄道という男の語る「疑惑」がメインテーマになっているようですが、この男は何者で、どうやってここに来たのか、疑惑のなかに描かれる「(以下八十二行省略)」に何が物語られているのか、そもそも「私」は誰なのか。考えれば考えるほど謎に満ちた小説になっています。文字を追っているだけなのに、怪談を聞いているような空恐ろしさまであり、独特の空気感を構築する文章力には舌を巻いてしまいます。
きりしとほろ上人伝、蜜柑、沼地、竜、疑惑、路上、じゅりあの・吉助、妖婆、魔術、葱、鼠小僧次郎吉、舞踏会、尾生の信、秋、黒衣聖母、或敵打の話、女、素戔男尊、老いたる素戔男尊、南京の基督収録。「疑惑」が特に面白かった!全部面白いのですが。好きです、芥川。
没後百年近く経つ芥川の作品ですが、今なお鮮やかに光彩を放つ短編ばかりです。ここに紹介されたもののほかにもたくさんの短編がありますので、この記事をきっかけに、さまざまな作品に触れていただければ幸いです。後編5作品もお楽しみに。