イヤミスの女王 湊かなえ 文庫版おすすめ作品 〜前編〜
こんにちは、ブクログ通信です。
第29回小説推理新人賞を受賞した「聖職者」を含む連作集『告白』が、第6回本屋大賞を受賞し、一躍、時の人となった湊かなえさん。「イヤミス」というジャンルを世に広め、2017年には『望郷』が映画化するなど、多数作品がメディアミックスされています。2021年3月には、『ブロードキャスト』に続き、高校部活シリーズ2作目となる『ドキュメント』が刊行されました。
イヤミスの女王として名を馳せた湊さんですが、デビュー作=代表作ではなく、魅力的な作品を生み出しつづけています。そんな湊さんの作品の中から、文庫版おすすめ10作(前編5作・後編5作)を発行年順に紹介いたします。進化しつづける作家・湊かなえさんの著書のなかから、とくに気になるものを見つけて読んでみてはいかがでしょうか。
『湊かなえ(みなと かなえ)さんの経歴を見る』
1.湊かなえ『贖罪』一人の死が多くの運命を変えていく
あらすじ
夕方六時に「グリーンスリーブス」の流れる静かな田舎町で、一人の少女が殺害された。直前まで少女とともに遊んでいた四人の女児は犯人と接触していたが、誰一人、顔を思い出すことができず、事件は迷宮入りしてしまう。娘を失った母親は四人に行き場のない激情をぶつけ、彼女たちはそれぞれに十字架を背負ったまま成長していく。15年という歳月を経て、四人に降りかかる負の連鎖。罪とは?贖罪とは?
おすすめのポイント!
章ごとに主人公が変わり、犯人と接触した紗英・真紀・晶子・由佳と、被害者・エミリの母・麻子の独白によって物語が紡がれます。ニュースで流れる事件も、その一つひとつにかかわる人がいて、影響を受けているのだということを感じさせられる作品です。誰に罪があり、何が償いなのか。胸のあたりがモヤモヤする狂おしいほどの読後感は湊さんの十八番。2012年にはWOWOWでドラマ化され、海外の映画祭でも上映されました。
主要人物5人それぞれが独白形式で、過去・当時の忌まわしい事件の真相、トラウマ、生き様が語られて1つの真実へと集約されていく展開にグイグイと引き込まれ、一気に読了。その過程でそれぞれに起こる負の、不幸の連鎖は救いようがない上に、語り手が時折放つ冷めた言い回しがとてもリアルで、より感情移入させられた。「とつきとおか」の章で、由佳が麻子へ放った心情が特に刺さった。
2.湊かなえ『Nのために』愛に理由はいらない
あらすじ
超高層マンション・スカイローズガーデンの一室で、住民である野口夫妻の変死体が発見された。現場に居合わせたのは20代の男女四人。彼らの供述から、事件当日の様子が明かされる。しかし、それらの供述には多くの「秘密」が隠されていた。杉下希美・成瀬慎司・安藤望・西崎真人。「N」のイニシャルを持つ主要人物たちは、誰のため、何のための行動を取るのか。デビュー4作目にして、著者初の純愛ミステリー。
おすすめのポイント!
本作では「小説内小説」を用いた入れ子式の構成を巧みに使っています。小説内小説『灼熱バード』の内容が、小説『Nのために』の登場人物に重なり、パズルのような複雑さを感じさせます。それでいて読みやすい文章で書かれているため、謎解きや伏線の回収がしたくなり、サクサク読み進めてしまいます。2014年放送のテレビドラマは、俳優・賀来賢人さん、榮倉奈々さんの交際のきっかけにもなった話題作です。
超高層マンションで起きた夫婦の殺人事件。そこに居合わせた4人の男女の証言から物語はスタートする。読み進めていくと、初めの証言と事件との背景が大きく異なっていることがわかる。それぞれの登場人物の心の奥に秘めた真実は、読み手にしか分からない、隠された真実だ。想いを寄せる「N」のために罪を被り、真実を隠した登場人物たち。過去と現在とか入り混じり、単純に誰が裁かれるべきだと言えないのがこの小説のすごい所だ。全てを打ち明けずに罪を共有する、その背景にある愛のカタチが切なかった。
3.湊かなえ『往復書簡』手紙でしか明かされない事件がある
あらすじ
結婚式に欠席した同級生・千秋の行方を追って交わされる手紙のやりとり。千秋の身に起きた事故の真相とは——。(「十年後の卒業文集」)恩師・真智子の頼みで、彼女の教え子六人に会うことになった敦史。真智子が教え子たちに宛てた手紙を渡しにいくが、六人と真知子は不幸な事故で繋がっていて……。(二十年後の宿題)遠距離恋愛をする純一と万里子の手紙にはいつもある事件のことが書かれており——。(十五年後の補習)ほか一編。
おすすめのポイント!
文庫本では3編の中編に、後日談の1編を加えた連作になっています。どの作品も「手紙」によって事件の真相が解き明かされていく構成の文通ミステリの体を成しています。すっかり字を書くことの減った現代人ですが、リモートが主流となった今だからこそ、「手紙」に通う人間の心が感じられるのかもしれません。イヤミス度は低め。『十五年後の補習』は、2016年に松下奈緒さん、市原隼人さん主演でテレビドラマ化しています。
手紙のやり取りを通じて過去の事件の真相が明らかになっていくという、書簡形式の連作ミステリです。スマホでのメールや電話ではなく、あえてコミュニケーションに時間の掛かる手紙でのやり取りという、時代を感じさせるスタイルで展開されています。互いにじっくり考える時間のある事から、読者も一緒に思考を巡らせる事が可能であり推理に遅れを取りません。どの章も、登場人物のそれぞれの視点で事件の核心に迫っていきますが、どれも事実が明かされる過程は見事です。湊かなえ作品では珍しいのが、登場人物も癖が強くて「憎たらしい」人物がほとんどおらず、いずれの作品も読後感はすっきりとした気分になるのが心地よかったです。
4.湊かなえ『花の鎖』三人の女性は運命の「鎖」に導かれる
あらすじ
親も職も失い、ガンの発覚した祖母の医療費すらままならない梨花。職場結婚したものの子宝に恵まれない美雪。水彩画の講師をしながら和菓子屋でアルバイトをしている紗月。自然の美しさを表す「雪月花」の字を名前に持つ「美雪」「紗月」「梨花」の三人の女性の人生には、「K」と名乗る謎の男の姿が影を落としていた。紗月に宛てて、毎年10月20日に花を贈るKとは誰なのか。三人を繋ぐ鎖とは。驚きのラストに胸が熱くなる。
おすすめのポイント!
「イヤミスの女王」としてあまりに有名になってしまった湊さんですが、本作では「鎖」という重いワードも、切なさやじわりと心に沁みるあたたかさを感じさせます。一輪の花のような人生ですが、読み進めるうちに、「花の鎖」というタイトルがハッと理解できる瞬間がやってきます。2013年、テレビドラマ化。中谷美紀さん、戸田恵梨香さん、松下奈緒さんの三人が、美雪・紗月・梨花を演じました。
3人の女性の物語が代わる代わる登場して、それぞれに物語が進行していく。全く違う話のようで、何やら共通項がある。きんつば、花屋、美術館、、しかしどうにも話がなかなかつながらない、、途中混乱し出す。えーっと誰がどうで、どうなって、誰それとどういう関係になって、、と脳が必死に回転する。そして迎えた後半、あぁ、そうきたのか、、と繋がる。しかし胸に去来するのは、非常に不思議な感覚。3人の女性の事を思うとものすごく切ないのに、どこか温かみを感じられる。母娘の強い愛情のせいだろうか。散りばめられたミステリの伏線回収も見事な巧い小説。さすが湊かなえさん!
5.湊かなえ『サファイア』きらびやかな宝石と、人間の不思議な出逢い
あらすじ
旅先で偶然出会った真美と修一。人に何かを求めることができずに生きてきた真美だが、修一との交際を続けるなかで、生まれて初めて、おねだりをする。それは、二十歳の誕生日に指輪が欲しいというもので、修一は喜んで約束した。しかし、真美の二十歳の誕生日前日、修一は待ち合わせ場所に姿を現さず——。(「サファイア」)摩訶不思議で切ない出逢いと別れ、罪と愛を、宝石をモチーフに紡いだ七つの短編集。
おすすめのポイント!
真珠、ルビー、ダイヤモンド、猫目石、ムーンストーン、サファイア、ガーネットの七つの宝石が物語のキーになっています。短編とは思わせないほど中身の詰まった作品ばかりですので、一編一編をじっくりと読み進めてほしいと思います。イヤミスを感じるものも、そうでないものも混ざっているので、湊かなえさんの作品を読んだことがない方の入門書としても良さそうです。2016年に「ムーンストーン」がテレビドラマ化。
ゾッとするものと、爽やかな読後感のものが半々くらいの良作。湊さんらしさを殺さずに、爽やかさを織り交ぜてきてるのが素敵。あ、湊さんだなと思わせる「真珠」で始まり、ハラハラさせられながらも綺麗に締めくくられた「ガーネット」。初めて湊さんの短編集を読んだけれど、とても良かった!
後味の悪さで定評のあるイヤミスだけでなく、悲しみや愛に向き合った作品、若者の成長を描いた作品まで書きわける湊さんの作品を紹介しました。猛毒から青春まで。気になったものからチェックしてみてくださいね。後編5作品もお楽しみに!