こんにちは、ブクログ通信です。
一年で最も寒いと言われる大寒を過ぎたとはいえ、まだまだ寒い日もあります。外に出るのが億劫だ、寒くてやる気が出ないという人もいるのではないでしょうか。そこで今回は、読むだけで春の息吹を感じられるような温かみのある春小説を選びました。
ブクログのみなさんに、春を感じる小説のなかでも、とくにオススメの10作の中から前編5作品を紹介いたします。多数の作品の中から、自然描写の美しいものや、ひなたぼっこをしているときのような温かさを感じる作品を中心に集めました。春にこそ読みたい小説ばかりですので、ぜひこの季節に手に取ってみてください。
1.新海誠『秒速5センチメートル』変わりゆく世界と、変わらない想い
あらすじ
同じ中学に通いたいと思っていた貴樹と明里は、明里の引越しという「大人の事情」によって東京と栃木に離ればなれになってしまう。文通を重ねていた二人だが、およそ一年後、今度は貴樹の家族が鹿児島の離島へ引っ越すことに。貴樹は明里に会いに栃木へと向かうが、雪のために列車は長時間の停車を余儀なくされ―。恋の甘さと苦さを引きずったまま少しずつ大人になっていく貴樹の彷徨と喪失、再生を描いた三つのストーリー。
オススメのポイント!
『君の名は。』で大旋風を巻き起こした新海誠さんが、自身の映像作品を初めてノベライズした作品です。明里との出会いから、中学生、高校生、社会人と大人になっていく貴樹の痛いほどに繊細な感性が、一文一文の切ない文章から読み取れます。先に映像作品として作られたこともあり、情景が鮮やかに浮かぶような文章が多いのも新海誠作品の特徴でしょう。「秒速5センチメートル」の意味がわかると、春が待ち遠しくなります。
映画もよかったけど小説もよかった。すごく優しい気分になれる気がする。一人で行きたいところと、二人で行きたいところはお互い違う。
でもあのころはそれを合わせようとして必死になってた。。。この言葉とてもよくわかる気がする。
2.瀬尾まいこ『春、戻る』重い心のフタを開けば、幸せがほとばしる!
あらすじ
結婚を控えたさくらのもとに、自称「お兄さん」が現れる。12歳も年下の「兄」の出現に戸惑うさくらだが、「兄」はさくらのことを気遣い、会いに来たり、料理を教えたりと甲斐甲斐しい。結婚目前となったある日、「兄」の料理教室も最終回を迎え、そこでさくらはようやく「兄」が何者かを思い出す。挫折した過去とともに記憶の奥底へと追いやられていた「兄」が、辛いだけだと思いこんでいた過去の形を変えていく。
オススメのポイント!
心温まるストーリーで人気を博す瀬尾さんの小説のなかでも、とくにハートフルな小説です。隠したい、なかったことにしたい過去の一つや二つ、誰しもが持っているものだと思います。ですが、その過去に誰かと触れることで、「辛かったけど、良いこともあったかもしれない」と思いがけない幸せが見つかることもあります。「お兄さん」の正体やさくらの過去に着目しつつ、自分の過去にも思いをめぐらせながら読んでほしい作品です。
結婚を間近に控えた望月さくらの元に、兄と名乗る男の子が突然現れる。明らかにさくらよりひと回りは年下なのに、どういう設定なのか。
お兄さんの正体が早く知りたい。お兄さんは、さくらのアパートに押しかけてきて料理を教えたり、婚約者の山田さんの実家の和菓子屋さんに顔を出したり、人懐っこくて憎めない。固く閉ざされていたさくらの記憶がしだいによみがえってきて、読み終わったら、優しさがふわぁっと込み上げてきた。瀬尾さんの描く家族はふんわりと温かく、形にとらわれず、何とも言えない優しさに包まれている。出てくる人がみんないい人で、またこの空気を味わいたくなる。
3.シュトルム『みずうみ』静謐で叙情的な文章がノスタルジーを感じさせる代表作
あらすじ
老人・ラインハルトは、エリーザベトのことを思い出す。二人は拙くも熱い恋慕の情を持っていたが、彼が勉学のため家を離れることをきっかけに少しずつ疎遠になってしまう。ラインハルトは帰省の際、エリーザベトの気持ちを確かめるものの、彼女は彼の卒業を待たず、ラインハルトの級友・エーリッヒと結婚。数年後、民謡収集の仕事に就いていたラインハルトは、二人の住む邸宅を訪れ、エリーザベトにある詩を朗読して聞かせる。
オススメのポイント!
表題作は70ページほどのごく短いお話ですが、湖や森など自然の描写が絵画のように美しく、美術鑑賞のような読書体験ができます。著者は法律家としての職務を果たしながらも、若い頃から抒情詩人として評価されており、小説作品にも詩の挿入や、詩的な表現が散見されるところが特徴的です。自然美に心を奪われるような本作は、まさに草木萌え出づる春にこそ読みたい一作でしょう。公園のベンチや湖のほとりでの読書に最適です。
文章がきれいだ。森の中で香る清廉な空気みたい。表題である「みずうみ」はそのきれいさも相まって切なかった。
4.森谷明子『春や春』十七音の青春!俳句に魅せられた高校生たちの熱き勝負
あらすじ
藤ヶ丘女子高校に通う茜は、昔から父の影響で俳句が好きだった。しかし、「俳句は文学ではない」と言い張る国語教師と茜は真っ向から対立。友だちのトーコに背中を押される形で俳句同好会を立ち上げ、俳句甲子園出場を目指すことに。書に長けた真名、弁の立つ夏樹をはじめ、二人の元には個性とセンスに溢れる仲間たちが集まりはじめる。十七の音に青春を込め、多彩な表現に心を砕く少女たちの戦いが、今始まる。
オススメのポイント!
俳句の良さ、鑑賞の仕方が全くわからないという人でも、俳句の魅力に気づくことのできる読みやすい小説です。たくさんの俳句に触れることができ、心に響く一句に出会える人もいるでしょう。書名にもなっている「春や春」の句も、鮮やかに作品を彩っています。高校入試問題でも抜粋されるなど、中高生の読者にとっては登場人物たちに自分を投影しやすい作品です。春らしく爽やかな青春小説が読みたい人にとくにオススメです。
TV番組に感化され俳句の面白さに気付いてきたところ、小説にまで俳句が登場したと、驚きを持って読み始めた。俳句素人の子達がそれぞれの強みを生かして俳句甲子園に向かっていく青春ストーリー!俳句そのものと言うより、俳句甲子園の仕組み、勝負の世界が面白く読めました。
5.宮木あや子『春狂い』美しさという絶望を抱く少女と、欲望と狂気
あらすじ
普通に生きるには、少女は美しすぎた。特異なまでのその美しさは、人を狂わせる力を持っている。父に、同級生に、教師に。どこへ行っても欲望の対象となってしまう少女には、気の休まる場所などなかった。似た境遇の少年との出会いは少女に安らぎをもたらすが、少年との関係も思わぬ結末へと進んでいく。章ごとに違った視点から語られるストーリーが、愛しさと憎しみを表裏一体に紡いでいく、救われない少女の物語。
オススメのポイント!
『花宵道中』で、第5回女による女のためのR-18文学賞大賞と読者賞をW受賞しデビューした宮木さんらしく、タブー視されがちな官能に鋭く斬りこんだ意欲作です。性的・暴力的な描写もありますが、容赦なく書かれたからこそ、心に重く残るものがあります。美しく生まれることは罪なのか。内容は激しく苦しいですが、はっとするような文章の連続に、気づけばページをめくる手が止まらなくなる中毒性のある一作です。
誰も幸せにはならない、そして少女は決して救われない。でもこの物語を嫌いだとは思いません。そんなお話です。
恋愛・ミステリ・俳句など、春を感じる小説にはさまざまなテーマのものがあります。短編の作品は時間のない人にもオススメですよ。春は始まりの季節。素敵な作品に出会うきっかけになれば幸いです。