こんにちは、ブクログ通信です。
ブクログのみなさんに、春を感じる小説のなかでも、とくにオススメの10作の中から後編5作品を紹介いたします。多数の作品の中から、自然描写の美しいものや、ひなたぼっこをしているときのような温かさを感じる作品を中心に集めました。春にこそ読みたい小説ばかりですので、ぜひこの季節に手に取ってみてください。
6.森絵都『風に舞いあがるビニールシート』6編からなる、第135回直木賞受賞作!
あらすじ
UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)に転職した里佳は、専門職員として働くエドと恋愛関係に発展する。エドに別れるか結婚するかという二択を突きつけ、二人は結婚することに。しかし、現地での活動に命を賭けているエドが紛争地帯へ行くことになると、里佳は次第に憔悴していきます。夫の安全を求める里佳と、一つでも多くの命を救うための活動を共有したいと感じるエド。価値観は違えど愛しあう二人が選んだ未来とは——。
オススメのポイント!
表題作では自分が今、命を脅かされずにあるということの、奇跡のような幸せに気づかされます。ほかの5編にも「譲れないもの」のために信念を貫く人々が書かれています。自分の価値観や、自分にとっての譲れないものを考えながら読むと新たな発見がありそうですね。短編集なので、直木賞受賞作を読んでみたい、森絵都さんの作品に触れてみたいという方にもオススメです。2009年には、吹石一恵さん主演でドラマ化もされました。
短い物語の中に、きちんと凝縮された人それぞれの考えや生き方がスパイスのように散りばめられていて、面白い作品でした。忘れかけていたこと、忘れようと思っていたこと。登場人物それぞれがとっても物語の中で生きていた作品だと思いました。これから生きていく中、自分自身どのように成長し変わることができるのだろうか?そう思える短編集でした。
7.坂口安吾『桜の森の満開の下』耽美的な文章が光る、安吾文学の傑作
あらすじ
山賊が住みついた鈴鹿峠には桜の森がありました。その下では人は狂ってしまうと言われ、旅人の身ぐるみを剥がして金品や命を奪っていた山賊も、その桜の森だけは恐ろしく感じていました。山賊は旅人の連れの女に気に入った者があれば女房にしていて、八人目の女房は都からの旅人の連れ合いでした。亭主を殺した男にもかかわらず、その女は山賊にほかの七人の女を殺させ、住まいを都へと移させると、ある恐ろしい遊びを始め……。
オススメのポイント!
短い作品ですが、表現の美しさを目でなぞっているだけでも楽しめる傑作です。この作品を読む前と後とでは、満開の桜を見たときの感じ方がガラリと変わり、美しく感じるとともに、正体不明の怖さを覚えるようになるかもしれません。春が近づくたびに読みたくなるという人も多い、春小説の代表格ともいえる作品です。本書に収録されているものでは、本作品と同じく説話風に書かれた『夜長姫と耳男』もオススメです。
桜の花の満開はあまりに美しい。そして、あまりに美しいものには、不気味がある。ふとした瞬間に冷静では居られなくなりそうな何かが。
「花の下は涯がないからだよ」
何度も読み返す、大好きな作品。
8.米澤穂信『春期限定いちごタルト事件』小市民たるもの、謎解きなどしてはなるまい!
あらすじ
船戸高校に入学した小鳩常悟朗と小山内ゆきは、恋愛関係にも依存関係にもなかったが、互いに「小市民を目指す」という目的のため、互恵関係にある。そんな二人の前にはなぜかいくつもの謎が飛び出し、常悟郎はそのたびに謎解きの誘惑に駆られてしまう。清く慎ましい小市民として生きる決意を胸に日々粛々と生活を送る二人だが、ある日、小山内の自転車が盗まれたことから、大きな事件の渦に巻きこまれていく。
オススメのポイント!
死人の出ない、日常の謎を扱うミステリ小説です。グロテスクな描写に気分が悪くなることがないので安心して読めます。章ごとの謎解きに加え、全体を通して解かれる「春期限定いちごタルト」にまつわる謎が、物語に奥行きを与えています。小鳩君と小山内さんの歯がゆいような距離感が心地よく、読むほどに二人の過去が気になってしまい、一層謎が深まるのも魅力。読むと読破したくなる〈小市民シリーズ〉第1作です。
探偵などという小賢しい所業をやめて小市民を目指す小鳩君。世界観とキャラクターの面白さに、ヒタヒタと耽溺する悦び。何でもないことも謎となり、推理してしまうのは業なのか。これぞミステリの骨髄か。小左内さんの本性も楽しい。実に楽しい一冊。
9.朝井リョウ『星やどりの声』若き直木賞作家、渾身の卒業論文
あらすじ
海の見える町で、亡き父の造った喫茶店・星やどりを営んでいる早坂家。母をそばで支えるのは宝石店で働く長女・琴美と、三女・るり。ほかに、優柔不断な長男・光彦、るりとは双子でありながら正反対の性格をした次女・小春、思春期爆発中の次男・凌馬、大人びた末っ子の三男・真歩の、総勢六人の姉弟がいる。六人はそれぞれ父との記憶と葛藤を抱えていたが、父が遺したある仕掛けは、一家を星明かりのように照らし、道を示す。
オススメのポイント!
早稲田大学在学中にデビューした気鋭の作家・朝井リョウさんは当時、堀江敏幸さんのゼミに所属しており、この作品を卒業論文として提出したそうです。先生だった堀江さんの書く解説は、本書を読む上で見逃せないポイントの一つでしょう。透き通った文章で書かれる一つの家族の物語は、父の死という重いテーマを軸に、それでいて賑やかに語られます。登場するすべての人物に等しく共感できる、優しい物語です。
家族のひとりひとりが主役。そしてひとりひとり家族を卒業してまた新しい家族を作っていくんだなぁ。優しい物語でした。
10.笹本稜平『春を背負って』山小屋には人を癒やす力がある
あらすじ
半導体研究者の檜舞台ともいわれる新技術の開発に携わっていた亨が、その仕事に挫折を感じていたころ、父の訃報に接した。他人の評価でしか価値が決まらない仕事に燃え尽きた亨は、誰からの評価も気にせず夢に忠実に生き抜いた父を羨ましく感じる。奥秩父の山小屋・梓小屋を引き継ぐ決心をした亨の元に訪れたのは、ホームレスのゴロさんに、自殺志願者のOL……。山と自然は傷んだ心を季節の移ろうように穏やかに癒やしていく。
オススメのポイント!
都会の生活や価値観に馴染めず、疲れてしまったり、疎外感を感じているという人は案外多いのではないでしょうか。山はそんな人々を時に厳しく、時に温かく包みこみ、心に刺さったトゲを溶かしていきます。本作を読むと、登山経験のある人もない人も、山小屋に行きたい!という気持ちにさせられてしまうでしょう。人生経験豊富なゴロさんの台詞も魅力的です。2014年には松山ケンイチさん主演で映画化を果たしました。
映画を観た同僚の話を聞いて読んでみました。じんわりとくる良い話です。僕らの日常に潜む損得感情やら、世間体などの些細な問題を切り離した、人間対人間の本質的な部分で展開するストーリー。少し下界から切り離された山小屋という舞台設定が絶妙。
恋愛・ミステリ・俳句など、春を感じる小説にはさまざまなテーマのものがあります。短編の作品は時間のない人にもオススメですよ。春は始まりの季節。素敵な作品に出会うきっかけになれば幸いです。