こんにちは、ブクログ通信です。
高瀬隼子さんは、大学の文芸サークルで活動したのち、2019年に『犬のかたちをしているもの』で第43回「すばる文学賞」を受賞し、作家デビューを果たしました。デビュー後も会社員と作家活動を両立し、2022年には『おいしいごはんが食べられますように』で第167回「芥川賞」を受賞します。日常生活の中で誰もが感じ得る「むかつき」をテーマに、独特な世界観で小説を発表し続けている高瀬さんは、今や現代社会を象徴する作家と言っても過言ではないかもしれません。
今回はそんな高瀬さんの作品の中から、今読むべき5作品を紹介いたします。現代社会が抱える「ざらつき」「ちょっとしたモヤモヤ」を独自の視点で切り取る名作揃いです。ぜひ最後までチェックしてみてくださいね。
『高瀬隼子(たかせ じゅんこ)さんの経歴を見る』
1.高瀬隼子『犬のかたちをしているもの』衝撃の幕開けから一気に惹き込まれるデビュー作
あらすじ
30歳の間橋薫は、恋人の田中郁也と半同棲している。セックスが苦手だと言う薫に、郁也は「それでもいい」と言ってくれた。恋人関係は長続きしているが、もうずっと前からセックスレスだ。ある日、ドトールに呼び出されて行ってみると、郁也と見知らぬ女性が居た。彼女は郁也の子を妊娠していると言い、薫にこう告げるのだった。「子ども、もらってくれませんか?」。
おすすめのポイント!
半同棲状態の恋人が浮気し、浮気相手から「子どもをもらってほしい」と言われるという、なんとも驚きの幕開けを見せる本作。この設定だけでも「どうなるの?」と惹き込まれる人が多くいるはずです。本作は意表を突く設定だけでなく、女性ならではの悩みや葛藤を抱える主人公の揺れ動く心模様を、鮮やかに描き出している点が魅力となっています。結婚・出産に対して、多くの人が感じるであろう疑問や不安をテーマにした作品なので、女性はもちろん、男性にもぜひ一度手に取ってほしい作品です。
かなり衝撃な提案に対して、冷静でとにかく真正面から言語化するような内容でとても面白かった。メインの登場人物の選択は一般的ではなく、感情移入が出来ない。でも、その選択をする理由には納得できる。ただその選択をする覚悟は普通じゃない。それをひたすら言語化している。普通じゃない感情とか頭の中がどんどん文字になっていく。主人公にとって「愛とは何か」を問うような内容がとても好みだった。帯に「性と愛について切実に描く」と書いてあり、本当にこの作品を表す一言だと感じた。
2.高瀬隼子『水たまりで息をする』何気ない日常が少しずつ狂ってゆく様子を巧みに描き出す作品
あらすじ
衣津美はある日、夫が風呂に入らなくなったことに気づく。理由を聞くと、「水が臭い」「体につくと痒くなる」と言うのだ。やがて、夫は雨が降ると外に出て濡れて帰ってくるようになってしまう。そんなある日、衣津美は義母から「夫の体臭が職場で話題になっている」と聞かされるのだった。これを機に二人は、夫が川を求めて足繁く通っていた彼女の郷里に移住を決めるが……。
おすすめのポイント!
誰しも一度くらいは、「お風呂に入るのが面倒」と思ったことがあるのではないでしょうか?本作は、そんな気持ちを突き詰めたような、「お風呂に入ることを拒んだ男」のお話です。一見、非現実的な話に見えますが、読み進めてゆくと意外と身近で現実的な問題を内包しています。「もし私だったら」「もし身近な人がお風呂に入ることを拒んだら」そんな問いを投げかけてくる作品です。何気ない日常が些細なきっかけで崩れてゆく様子を柔らかな筆致で描き出し、感情を静かに波打たせてくる物語となっています。
読みやすい文で一気読み。風呂に入らなくなった夫に対する妻の感情の揺れ動きが詳細に描かれてた。周りから見ただけでは理解できない夫婦のこと。ラストの解釈は読者に委ねるパターン。どうなるどうなる…って読んでいってバツーンと終わったから呆然としちゃった。これはこれでアリなんだけど。どんどん不潔になっていく夫の描写がリアルでゾワゾワした。
3.高瀬隼子『うるさいこの音の全部』とある作家が現実と虚構の合間に迷い込む姿を捉えた不思議な物語
あらすじ
長井朝陽はゲームセンターで働きながら、「早見夕日」のペンネームで小説を書いている。ある日、作品が文学賞を受賞し出版された。その日から、朝陽の日常は軋み始める。兼業作家であることが職場に広まると、周囲の人たちの朝陽への接し方は微妙に変わってきた。それと共に、執筆中の小説と現実の境界は徐々に曖昧になっていくのだった……。
おすすめのポイント!
作家デビューした主人公が、日常生活の小さな変化と周囲の人々との接し方に戸惑い、少しずつ精神のバランスを崩してゆく様子が繊細な筆致で描かれています。特に見事なのが、主人公と周囲の人々の心の描写です。それぞれの心理が浮き彫りとなることで、人間関係のすれ違いや誤解が生じる恐ろしさがリアリティを深めます。虚構と現実が少しずつ溶け合ってゆく展開はスリリングで、つかみどころのない恐怖がじわじわと心に迫る作品です。表題作に加えて、早見夕日が芥川賞を受賞した後の日々を描く『明日、ここは静か』も収録されています。
ゲームセンターで働きながら小説を書いている長井朝陽が主人公。実は彼女は早見有日のペンネームで作家デビューしている。彼女の書いている小説が作中作として提示され、現実と虚構が曖昧になっていく。さらに高瀬さん自身が反映されているようにも読めて、実にスリリングである。朝陽は相当面倒くさい性格で読んでいてイライラするが、有日の書く小説にはそんな朝陽の性格が裏返しに反映されている。現実で溜め込んだ負の感情をエネルギーに文章を紡いでいるのだろうか。現実での出来事のあとに作中作が変わっていくのもおもしろい。さらっと読めて後味が悪いのはいつもの高瀬さんと同じだが、本作でまた一段高みに上ったように思えた。
4.高瀬隼子『おいしいごはんが食べられますように』人の心の機微を巧みに切り取る芥川賞受賞作
あらすじ
「二谷さん、わたしと一緒に、芦川さんにいじわるしませんか」——仕事ができてがんばり屋の押尾は、ある日、職場で要領よくやっている二谷にそう持ちかけた。芦川さんは職場の同僚であり、「皆が守りたくなる存在」だ。料理上手で体が弱く、できないことはやらない芦川さん。押尾は彼女が嫌いだ。やがて、押尾と二谷、芦川さんという奇妙な三角関係が出来上がって……。
おすすめのポイント!
第167回「芥川龍之介賞」受賞作で、誰の心にもある「黒い部分」を鋭く描き出した小説です。善悪では割り切れない感情を、押尾・二谷・芦川という三人の人物を通して鮮やかに表現しています。職場や学校で、「なぜか好きになれないあの人」に出会った経験は、きっと誰にもあるものでしょう。本作は、その頃の感情を思い起こさせます。ほろ苦く、心ざわつかせる一冊です。読むのがつらいと感じる一方、ついつい感情移入し先へ先へと読み進めてしまう、不思議な魅力を持つ作品だと言えます。
心の底から共感できた。ただ、すっきりするものでも解決策が見つかるものでもなく、現実同様、心がモヤモヤするだけ。せめておいしくご飯を食べようと思った。
5.高瀬隼子『いい子のあくび』人間が隠し持つ一面を暴き出す、エッジの効いた中編集
あらすじ
常にいい子な「わたし」。いいことも、笑顔でいるのも、ついやってしまうだけ。歩きスマホでぶつかってくる人を避けてあげるのは、なぜかいつもわたしの方……(『いい子のあくび』)。友人の結婚式に招待された。でも、わたしは結婚式が嫌いだ。新郎に引き渡される新婦の姿を「物」みたいだと思ったから。「じんしんばいばい」と感じたから……(『末永い幸せ』)。他1話収録。
おすすめのポイント!
日常生活の中に潜むモヤモヤを、独自の視点で切り取った中編集です。3つの物語が収録されています。表題作『いい子のあくび』は、人間が隠し持つちょっとした悪意にスポットを当て、倫理感や社会的道徳について改めて問う作品です。読んでいてモヤモヤする一方、共感できる部分も多くあります。収録されている他2編についても、日常生活の中で起こり得るちょっとした嫌なこと、嫌な気持ちを鋭くえぐり出し、心に刺さる作品です。三人の主人公を通して、自分の生き方や心構えを見直したくなる一冊です。
いい人であろうとする自分の心と、いい人に違いないと他人に思わせてしまう言動の歪みが、痛いほど伝わってきた。時にやり過ぎ(言い過ぎ)では、という場面があるが、まさにそれが心に蓋をして、いい人になっている瞬間なのかもしれない。
高瀬さんの作品は、丁寧な心理描写で人間の本質に迫る奥深さが魅力です。今回ご紹介した作品は、一度読んだら忘れられない名作揃いとなっています。ぜひこの機会に手に取ってみてはいかがでしょうか?